「さん、行こうっ」
かわいいと同じように、日向くんは続けた。
声がずっと弾んでる。スキップしてるみたい。
私の返事を待たずに、日向くんは歩き出した。
「さん、なに飲む? ここ暑いからやっぱ冷たいの? 外は寒いけどスッキリすんの欲しくなるよな」
「日向くん、さっき」
「さっき?」
日向くんが歩く速度を自然に落として聞き返してくれた。
そういうところもと思いつつ、告げた。
さっき、プリクラの一枚を貼ったとき。
「すごかった」
気がついたら日向くんは宙にいた。
あんな高い位置、誰も届かない場所に日向くんの指先が届いていた。
もし、助走をつけられたなら。
それがもし、コートの中だったら。
いくつもの“もしも”が浮かんで、消えて、現実のショッピングモールに引き戻される。
日向くんは私の中の仮定に気づくはずもなく、ただ、うれしそうに感想を受けとめた。
「すごかったっ? ほんと?」
「ほんとう……、本当にすごい」
「へへっ、ありがとうっ。 さんと来た記念に貼りたくて、でも、さんきっと、だれでも見れるところイヤだろうなって思ったから、1番高いところにした!
はがしてって言われるかちょっと心配だったけど……、さん、ありがとう!」
ほら、行こうって、日向くんは私の手をゆるやかに導く。軽やかに、前に。
別のフロアーに来てすぐ、飲み物が売ってるお店が見えてきた。
日向くんの肩越しに。
いつも、こんな風に、気付けば日向くんは私の先にいる。
日向くんに自分のことを言われると、それが好意的なものでも、どう受け止めればいいかわからない、けど。
「つ、めたいの、飲みたいよね」
「さんも!?」
「ん、私も、すっきりしたい」
「じゃあさっ、あっちのほう!」
「あっちのほう!」
隣にいたいって思う。
私も日向くんみたいにぜんぶ言葉にできないけど、でも、したいって思う。
一つずつ、一歩ずつ。
すぐに変われない自分が、日向くんといるたび、はがゆく、情けなくなること、きっと、いっぱいこれからあるけど、それでも。
「さん、どれにする? お茶? それとも、それっ」
冷蔵コーナーに並んでいる飲み物のなかから、何かがくっついているペットボトルの一つをしゃがんで手に取った。
日向くんが手元を覗き込んでくる。
「さっきのカラス?」
「そうみたい」
1番最初に見た雑貨屋さん。
特設コーナーまで作られていたカラスのシリーズとのコラボキャンペーンだった。
小さなカラスたちがストラップになって、ペットボトルにくっついている。
「日向くん、これどう?」
「お茶のこと?」
「お茶もだけどストラップ」
「へっ?」
日向くんはぽかん、と口を開く。
もう一度私の手元のペットボトルにくっついているおまけをじっと見つめた。
「ストラップって、今日おれ達が買おうとしてたやつ?」
「そう、これがいいかなって、ダメかな?」
「ダメっ、じゃないけど、これ、おまけだよ? もっといいやつあるんじゃ」
「これがいいなって」
飲み物のおまけだから作りはそれほどだけど、このカラスのシリーズはいいなって思ってたし。
ちゃんとストラップだし、キャラクター部分もおまけだけあってサイズが控えめで携帯の邪魔にならなそうだし、なによりも。
「日向くんと私、2人つけててもおかしくないなって。 ほら、誰かに見られてもオマケだったらつけてても変じゃないし」
途中まではうんうんと頷いていた日向くんも、最後の下りで少しだけ表情を硬くしつつ、しゃがみ込んで日向くんもおまけのついたお茶のペットボトルを眺めた。
「それって、今日見た他のストラップだったら、さんとおれがつけてるの、おかしくみえるってこと?」
「えっと……、物による、とはおもう」
でも、見る人が見たら、なにか、伝わってしまう気がした。
おそろいのストラップをつけた2人。
“友達”だけど、友達ではないって、異性だといつでも必要以上に際立つ。
日向くんと同じくしゃがみこんで、キャンペーンの宣伝を視線でなぞり、オマケを一つずつ眺めた。
よくよく注目すると、日向くんぽく見えるカラスの他に、月島くんのようなメガネのカラスや飛雄くんぽい子など、種類はたくさんあった。
ペットボトルを買えばついてくる手軽さを考えると、だんだん集めたくなってくる。
横から手が伸びた。
「だったら、おれ、これにする!」
「どれ?」
「これっ、さんぽいやつ!!」
「そ、そうかなっ?」
「そう!!」
自分でも同じものを手に取ってみたものの、どう見ても私っぽいとは思えない。
日向くんの目には、私はこんな風に見えてるんだろうか……、き、興味深い。
「さんがこれでいいなら、これにしよう」
「日向くん」
「ん?」
「これがいい」
たくさん見てきたけど、今の私たちには、このおそろいで十分だ。
それに。
「このキャラもさ、ほら」
日向くんに見えるように、ペットボトルを近づけた。
「日向くんぽいから、私、これがいい」
「!!そ、かなっ」
「そうっ」
「じ、じゃあっ、これにしよっ。 お茶だし飲めるしちょうどいい!」
「ん、買おうっ」
レジは空いていて、すぐに二人ともお茶を買うことができた。
目についたベンチに座って水分補給し、一息つく。
「ほらっ、さんみて! どうっ?」
日向くんが見せてきたのはストラップをつけた携帯電話。
ばっちり日向くんの携帯に、つけたばかりの小さなカラスのストラップが揺れる。
「いいね!」
「さんのも、おれつけようか?」
「大丈夫だよ、自分で」
「遠慮しないで。 もう、コツつかんだ!」
私がストラップの紐を携帯電話のところにずっと上手く通せてないことに、日向くんは気づいていたらしい。
いいよ、と断ろうにも、日向くんの手が伸びてきたから、素直に甘えることにした。
「さんのこれ、通すところ、小さいな」
「あ、だったら家に帰ってから」
「待って、あとちょっと……、いけた!!」
日向くんの爪先がストラップの端っこをなんとか捕え、引っ張り出すことに成功した。
ストラップ紐のあいだを、カラスのキャラクターが通って、ゆらり、携帯電話にぶら下がる。
「できた! はいっ、さん!」
「ありがとう、日向くん」
「どういたしましてっ、ほら、これでさ!」
どちらともなしに互いの携帯電話を近づける。
それぞれの小さなカラスが空を必死にばたつくように揺れ動いた。
「いいね、日向くんと繋がってる感じ」
もしかしてまた顔ゆるんでるんじゃ。
ハッとしたのも一瞬、日向くんがつながってる!!って元気よく同意してくれたから、そんなのどうでもよくなった。
「そろそろさ、外いく!?」
「あ、時間っ、そうだね」
「おっし、光るやつ見に行こう!」
飲みかけのペットボトルは片付けて、イルミネーションの点灯が始まっていることをもう一度携帯電話で確かめた。
「さんっ」
日向くんが片手を差し出す。ごく、自然に。
「……」
「どうかした?」
「日向くん、上着着た方が」
「あ、そっか! 外は寒いもんな、ありがと、ちょっと待ってて」
日向くんが荷物をベンチに置いて学ランをまず羽織った。
「それと」
「それと?」
日向くんは学ランのボタンを一つずつ付けていく。
「さん?」
「手つなぐの、いいんだけど」
さあ、まず一歩。
できるところからやってみよう。
今日のプリクラと比べたら、大したことない。
「腕、組んでみるの、ダメかな」
どうだろう。
お伺いを立て、じっと日向くんを観察する。
「うで……、
……腕!?」
今やっと日向くんは何を言われたか理解したらしい。
ボタンを止める手がぴたり、動きを止めた。
予想していた反応なのに、ついこらえきれず笑ってしまうと、日向くんが照れた様子で私を見つめた。じっと、私も。
next.