「う、うでって、腕を」
「日向くん、ボタンが」
「!」
かけ間違えている。
指摘すると、日向くんはおずおずと学ランのボタンを途中まで外し、正しくはめ直した。
「ぼ、ボタン! じゃなくて、腕と、いうのは、さん」
「日向くん、コートも」
「あ……、ありがとう……」
置いてあったコートを着やすいように持ってあげて、日向くんがそれぞれ腕を通して肩を揺らした。
これでよし。
コートのボタンもすれば寒空の下でも大丈夫だ。
「さんっ!!」
イルミネーションを見に行くべく、荷物を肩にかけ直した時、日向くんが私のカバンを引っ張った。
目が合うと、すぐ逸らされ、またすぐ視線がぶつかり、また視線が私以外へと移る。
「う、うでって、言ってたけど……」
「ここは、ほら、暑いからはやく外行こう」
「……」
「イルミネーション、私、早く見たいな」
「い、行こう」
日向くんはまだなにか言いたげだった。
けれど、私のカバンから手を離し、ベンチに置きっぱなしの自分の荷物を手に取り、ぼんやり数歩進んだ。
そんな日向くんを観察していると、となりに私が来てないことに気づいたらしい。
日向くんがこっちを振り返った。
来ないの?
そんな視線が送られる。
走って日向くんの隣に並ぶ。
二人、歩き出した。
出口に向かう途中、ふと気になって自分の携帯を取りだした。
付けたばかりのストラップをまた見たくなった。
ゆらゆらと揺れる、カラスのヒナ。
やっぱり、ちょっと、日向くんぽい。
……いいな、これ。
おそろい、だし。
浮かれてるのが日向くんにバレないよう、すぐ携帯をしまった。
外はすっかり暗くなっていた。
吹いてくる風は、建物をガンガン暖める空調から、この季節らしい冷気に変わる。
中にいた時は、寒さが恋しくもなったけど、いざ足を踏み出すと容赦ない寒さに、やっぱり冬なんだと実感させられた。
いまは、冬。
春はまだ遠い。
ここに春が来る頃、私たちは高校生になる。
「さん、行かないの?」
「行くっ」
なんてことない夜空を見上げていると、日向くんに声をかけられた。
日向くんは私の返事を聞いてから、イルミネーションが施されている場所を目指して歩き出した。
前だけを見て。
「日向くんっ」
少し狭かった道から、広めの歩道に出た時だ。
日向くんがするみたく勢いをつけて切り出した。
「いいっ?」
返事を待たずに行動する。
日向くんは固まってしまった。
私も、いつもこんな感じなんだろうか。
今の日向くんに、いつも日向くんに動揺させられる自分を重ね合わせる。
確証はない、けど、なんとなく理解する。
日向くんは、ほんとうに、私のことがすきなんだって。
同じだった。
私も、日向くんといると、いつもこうなる。
どう反応していいかわからなくて、でも振り払いたいわけじゃない。
ただ、すべての感覚が日向くんへと注がれる。
日向くんと私、もちろん違うところもあるんだろうけど、少なくとも私は、日向くんのことしか考えられない。
好きな人にふれられている瞬間、ぜんぶ、すべて相手のことでいっぱいになる。
私から腕を組んでみて、こんな日向くんを前にしたら、さすがに気のせいじゃないかもって……思わされる。
でも、日向くんの本当の気持ちを確かめる術はない。
同じだといい、とは思う。
ああ、そっか。
だから……
「考えてること、わかったらいいのにね」
日向くんは目を丸くした。
「前に、日向くん、そんなこと言ってたなって」
あれは、たしか、お互い予定をなんとか合わせて会った時だった。
今日みたくファーストフード店で、二人並んで座った。
あの日は、日向くんに会う前に……
“トス、
……誰も待ってなかったこと、あるか?”
飛雄くんと勉強会をした。
北川第一の後輩二人が、飛雄くんの進学先を気にしてわざわざ来たんだっけ。
私は、飛雄くんの話を聞いている内に、関係ないのに泣いちゃって……そんなことも、今は懐かしい。
もし相手の気持ちをこんなふうに触れるだけでわかるなら、あの時も、今も、もっと、なにか違うことができてたのかな。
でも、残念ながら、私はいつも通りの私で、わかるのは、どこまでも自分の気持ちだけだった。
日向くんの腕をやんわり引いた。
「日向くん、行こう。
あ、返事、まだ聞いてなかったけど……いい、よね?」
「へっへんじって?」
「今こうしてるの嫌「やじゃない全然!!!」
日向くんは前のめりで返事をしてくれた。
わかってはいても、この勢いにほっと胸を撫で下ろす。
安心して日向くんの腕に力を込めた。
「じゃあ、このままでっ」
「……うん」
歩き出して光っている方を探してみるものの、前にイルミネーションを見に行った時と出口が違っている。
周囲は植木が高く連なっていて見通しがよくない。
方向、合ってるかな。
「ごめん、道間違えたかも」
さっきのところ、やっぱり曲がった方がよさそうだ。
日向くんの腕を引いて進んでいく。
いつまでも反応がない。
「日向くん、……だいじょぶ?」
「お、おれはずっとだいじょーぶ!!!」
いや……、うん。
「緊張、してるみたいだから」
日向くんから見たら、私もいつもこんな感じなのかな。
ある意味、挙動不審というか、日向くんに笑われてしまうのも無理もないぎこちなさだ。
好きな人の前、とりわけすぐそばだと、人って気持ちを隠せないのかも。
そんなことを考えていると、日向くんはうつむいて続けた。
「緊張なんて、ぜんぜん……」
「肩に力ずっと入ってるのに?」
「か、肩!?」
私の指摘に、日向くんは今や肩どころか全身で緊張しているように感じられた。
「どんどん力入ってる気が、日向くんっ、リラックスして」
これから戦いに挑むわけでも、烏野の試験をもう一回受けるわけでもないんだし。
「ただ、光るやつ見に行くだけだよ?」
日向くんの腕が、緊張とは違う力の込められ方で、私の腕を引いた。
「光るやつ見に行くだけっ、だけど、さんがいてくれるだけで、ちがう!」
日向くんが私を見つめる。
近くて、今度は私が視線をそらした。
「こんな風に腕組むのはじめてだしっ。
しかも、さんからこんな風にっ、だから、力、つか、気合いがいる」
「き、気合い?」
緊張でもなくて、気合い?
気合いって、物事をする時に集中する気持ちの勢い、だっけ。
辞書の意味を記憶から引っ張り出している時に、日向くんは続けた。
「気合い、いる! じゃないと、おれの中のじゃね、ん……、それはっ、さんは気にしなくていいんだけど、おれ的には重要な問題でッ!」
「じゃね?って、なに?」
「さんはおれのこと!! おれのことだけ考えててください!」
「日向くんのこと」
もういっぱい考えてるけどな。
腕を組んでるときから、いや、組もうって言い出した時からずっと、いまも、こんなに胸の鼓動がうるさい。
「おれ一人ずっと、ドキドキっ、してる」
さん、近くて……
日向くんが小さくつぶやいて、自分の髪をもう一方の手でわしゃっとした。
「そんなこと、ないよ」
「へ?」
「日向くんだけじゃなくて……」
言いかけて、気づく。
「さっきは日向くん」
「さっきっ?」
「プリクラの時」
ぎゅってされていた時間を思い出す。
「ぜんぜん、日向くん、緊張してなかった。 今より、もっと近かったのに」
日向くんの体にまた力が入る。
「あっ、あん時は……
緊張より、さんだ!!!って、いっぱいだったから、今も、緊張ではなくて。
さん、わかんない?」
日向くんが呼吸を整えて続けた。
「おれ、ずっと、
さん、ぎゅってしたいって思ってる」
していいなら、今すぐに。
切羽詰まったような、余裕のない声色。
気になって日向くんの方をみると、瞳の奥底にたしかな想いが垣間みえた。
真正面からぶつかった感覚だった。
next.