ハニーチ

スロウ・エール 238




「わ、わかってる!」


日向くんはすぐ首を横に振った。


「おれ、さんがそんなつもりないこと、ちゃんと……

 さんといれるだけでうれしいし、こんな、さんから近づいてくれるだけで、……すげぇ、うれしい。

 今日、このままずっと、そばにいてくれる?」


やさしく添えられた質問にすぐ頷いた。
そうせざるを得なかった。


「よかった」


日向くんは本気でうれしそうに口元を緩めた。

ほんとうは、密かに一歩後ずさる心境だったことに気づく。

日向くんの真っ直ぐな気持ちは、向けられるたび、うれしいのに、なぜか、目をそらしたくなる。


そんな私によそに、日向くんは急にごめんと謝罪を口にした。

何を謝罪されたのかなと思った矢先、すぐ理由がわかった。


さん、かっっっわいいよな」


すごく気持ちを込めた言い方に、また思考が停止した。

日向くんは私の反応を待たずに声を弾ませた。
かわいい。かわいい。かわいい。
色んなことで、ささいなことで、日向くんはそうやって何度も私に伝えた。

可愛いって言うの禁止だってさんざん伝えたのに、ごめん一つでなかったことにされている。

まるで雨雲に雨を降らさないでと訴えかけている徒労感だ。

うらめしく気恥ずかしく視線をじっと送っていると、日向くんも気づいて、それでもまた可愛いってかんたんに口にした。


「言わないと、おれが爆発しそうっ。

 いやっ、暴走……? どっちだろ」


日向くん、のん気だ。
こっちの気も知らないで。

どちらともなしに歩く速度が落ち、渡れそうだった青信号も見逃してしまった。

すぐそばに大きな木が立っていて、横断歩道の向こうも道沿いに並んでいる。
その先にイルミネーションらしき明かりが瞬いていた。
正しい道に出たようだった。

けど、二人とも隣ばかり気にしていた。


「日向くん、もう、暴走してる」

さんがそうさせるんだよなー……」

「ま、また私のせいに」


日向くんがちらりと赤信号を見上げて自分の髪をいじり、私の方に少しだけ寄った。


「あの信号、赤だって思うのと同じでさ。
 おれはさんみてると、さんだ!!って思うし、かわいいって思う」

「……?」

「だから、禁止されても、できないものはできないっ」


信号が青に切り替わって、日向くんが一歩、続いて歩き出す。

足は動かせるけど、日向くんの主張を納得した訳じゃなかった。

そう伝えると、日向くんはまた日向くんらしく話を変えた。


「さっきもさ、見てたのもかわいいなって。

 さん、ストラップっ」


お店でのことじゃなく、イルミネーションを観に行く移動中、カバンから取り出して携帯ストラップをチェックしていたことに日向くんは気づいていたそうだ。


「それもさっ、可愛かった!」


空を見上げながら、日向くんは淡々と続けた。


「喜んでくれてさ、うれしいっ。

 おれはあんまり気にしないけど、女子、つーか、さん、そういう一緒の付けるのうれしいんだってわかって、さんがうれしいと、おれも、うれしくなる」


何と返事していいか困っていることも、日向くんはわかってるらしい。
となりから小さく笑い声がこぼれた。
視線で撫でられていた。

目指していた場所に近づくほど、日向くんも明かりに照らされた。
イルミネーションを見に来たはずなのに、やっぱり日向くんが気になってしまう。
油断すると日向くんもすぐこっちを向くから、ほら、あっち見てって、深い意味なく指差した。
ちょうど、メインのスポットがあって、ほんの少しだけ人だかりができている。


さん、あれ、なに!? すげっ、でかい!」

「スイッチ押すと光るんだって」

「おぉっ! さん、おれたちも押そう!!」

「わっ」

「早く、ほらっ」


日向くんは駆け出す勢いで私を引っ張るから、イルミネーションは逃げないよと、なんとかなだめた。

ガイドブックにあった説明書きを思い出す。

たしか、こうだ。

一番大きい広場の真ん中に、光のアートのオブジェクトを配置しました。

スイッチを一人、もしくは二人で押すと、その人の持っているパワーにより、すべてのオーナメントが光ります。


さん、記憶力すげえ」

「な、なんとなく覚えちゃって」


本当は、受験勉強の合間に何度もガイドブックを開いていたから、だけど、そんなこと、はずかしくて言えない。
日向くんとここに行くんだって、それこそ暗記するほど何回も……、どれだけ楽しみにしてたんだって思われる。

ぜったいないしょだと誓いつつ、スイッチの順番を待つ列の最後に並んだ。



さんっ、順番、もうすぐっ」

「思ったより早いね」


日向くんが唐突に私の方へ身を寄せた。

寒くない?

囁きが白く現われ、すぐまた消える。


「日向くんがあったかいから大丈夫だよ」

「そっか!」


日向くんの返事は短くても、やっぱりスキップしてるみたいだった。
日向くんもポカポカだそうだ。

そんな風に寒さをしのぎ合っていると、前の人たちがスイッチの前から移動し、私たちの順番が回ってきた。

このアート作品?は、ボタンを押す前は、おだやかな暖色系のまたたきを繰り返しているが、このスイッチを押すと、赤、青、黄色などの押した人たちのパワーに反応して輝くらしい。

前の人たちは緑がメインで光って、説明書きを読むに、グリーンパワー、らしい。
見たままのパワーだ。


「おれたち、何パワーだろっ?」

「……どのパワーも謎だけど」


スイッチの脇に設置されているパネルに、光るライトの種類と紐づくパワー?の説明がおしゃれにまとめられているが、後ろに人が並んでいる手前、いつまでも読んでられない。

日向くんから離れ、それぞれ2つ並んだスイッチの前に立った。


さん、いい? 押すよ?」

「うん、いいよ」

「じゃあ、「「せーのっ」」


カチ、とごく一般的な押し心地で、スイッチを片手で押し切った。

これまで押してきた人たちと同じく、真ん前の、表現しがたい、大きな丸い形や星型を引っ付けた光のタワーが不規則に瞬きだす。

最初に流れる音楽は共通で、一瞬、沈黙したのち、パワーごと?の光が一斉に周囲を照らす。

何色だろう。

赤かな、青かな、それとも、前の人たちと同じグリーン?


「おっ、黄色!」


日向くんが声を発し、まばゆいイエローが辺りいっぱいに輝いた。

黄色は何パワーだっけ、と思った時、灯りはオレンジに切り替わり、赤、ピンク、パープル、ブルーと軽快な音楽とともに移り変わっていった。

日向くんが驚きと感嘆を漏らす。
その横で、この音楽と明かりのコラボレーションにしばし浸った。

最後、より強く輝いたその光は、白だった。

まばゆいホワイトが、どこまでも広がった。

その後、光のタワーは、一定の時間経過に合わせ、元の穏やかな暖色の瞬きにもどった。


「これ、すげーっ!!

 あっ、これ、何パワーだった?」

「え、と」


次の順番に邪魔にならないように移動しながら、日向くんの質問に答えた。

フューチャー。

全部の光で表現され、最後にすべて集約される、未来の色。


「未来!? かっけー! 未来って白なんだ」


タワーを振り返る日向くん。

同じように今度は違う色に切り替わる光の塔を眺めた。


「たぶん……だけど」

「ん?」

「白って、ぜんぶの色を混ぜると、白だから」


未来、なのかも。


私の答えに、日向くんは小首をかしげた。


「ぜんぶって、混ぜたら黒じゃないの?」

「光の場合は白なんだって」


光の三原則、自然界にあるすべての色を織り交ぜる。光のすべての波長。

本や授業で聞き知ったことを説明する。
日向くんは瞳を輝かせ、静かに声を漏らした。


「そうなんだ……、かっけーな」

「ね、すごいよね」


あのタワー。

そう返すと、日向くんは首を横に振った。


「今の“かっこいい”は、さんっ」


光のアートが誰かの操作でまた一層明るくなる。

その灯りに照らされた日向くんもまた、まぶしい笑顔だった。



next.