ハニーチ

スロウ・エール 24


翌朝、起きたら、髪に寝癖が付いていて慌ただしく髪を撫でつけた。
一日ブルーになりそうで、その姿でカメラになんか映りたくないのに、卒業アルバム委員として集合写真を撮ることになっていて、とてもがっかりした。

友人が気を利かせて?面白がって?、日向君とのツーショットも撮れるように仕向けてくれたけど、よりにもよって寝癖のついた髪で映りたくなくて断固拒否した。
もったいなかったかなあ。
映ればよかったかな。

悩んでいた昼休み、ようやく届いた雪が丘中学バレー部のユニフォームを日向君に届けた時の笑顔こそ、写真に収めたかった。
思い出すだけで胸がギュっとする。

もうすぐ模試の申し込みがあることを聞いたショートホームルーム。
志望校を書いて、先生からは今年は勝負の年だとはっぱをかけられた。どの先生も、受験、受験だ。
家庭科部も最後の文化祭だからはりきっていこうと、友人や後輩たちと話をした放課後を過ごして、帰り道を歩く。

いろんなことが私の周りで動いていく。

でも、私の悩みなんてどれも中途半端だ。

いよいよ明日だ。
日向君にとっての最初の試合がやってくる。
待ち望んでいた、焦がれていたあの舞台に日向君が立つ。

毎日見ているから、わかる。
日向君の嬉しさに交じりこむ緊張、でもやっぱり嬉しさが勝っていて、勝ちたいって気持ちが伝わってきて、……私までつられて緊張してくる。

新一年生3人と、関向くん、泉くん、そして日向くんの6人だけのチームだ。
監督もいない。もちろんマネージャーも。

関向くんはサッカー部、泉くんはバスケ部優先だったけど、試合3日前はちょくちょく顔を出してくれていた。


「今日も行かないんだ」

「え?」

「T君のところ」


友人と一緒の帰り道、いよいよ明日がバレー部として最初の試合だというのに、私が日向君のところに行かないので、疑問に思ったらしい。
ジャージの入った袋を肩にかけなおしながら、部活の合間に見かけた日向君を思い返した。


「邪魔したくないよ」


曲がりなりにも、バレー部は6人集まった。
そこに、私の居場所はない。

大会の申込書を代理で書いた時も思ったけど、私は書類上、日向君のいるバレー部と何の縁もゆかりもないんだ。
マネージャーじゃないし、もちろん監督でも顧問でもなんでもない。

ただ、応援したいだけ。

それも、日向君を応援したいだけ。
純粋な気持ちは変わらない。日向君を好きになってからも、ずっと。
ただ、応援したい。


、しわできてる」

「えっ」


友人の指さきが、眉間を示していた。
慌てて意識して眉を動かした。
もしこんなところにしわが出来たら、ただでさえ平凡な顔がもっと残念なことになる。

手鏡で、自分の眉間のしわが大丈夫か確認してみると、友人が呆れ調子で言った。


は真面目だよねー」

「どこが?」

「マネージャーやったらいいのに。そしたら、特等席で応援できるのに」

「そ、それは前から言ってるじゃん…」

「わかってるよ。家庭科部に力入れてくれてありがたいと思ってるし。でもさ、どっちもやっちゃえばいいのにって思うんだよね、私はさ」


家庭科部も、バレー部のマネージャーもどっちも、やればいい。

友人に言われてみると、その発想もあって、今まで考えたこともなかった。


また、今日の日向君を思い出す。

少し張りつめた緊張感、ようやく試合ができる高揚感、いよいよ明日だと遠くを見るような眼差し。

まただ。
また、胸がギュっとする。


「いま、聞いてた?」

「!ごごめん、聞いてない」

「もー」


友人は明日の待ち合わせ時間をスマホでチェックしていた。

この一週間、特別、日向君と明日のことを会話した覚えはない。
けど、応援するってことだけは決めていた。
日向君に前に言われたこともある。応援に来てって。

改めて確認することもできず、かといって応援に行かないという選択肢はなかった。
日向君の晴れ舞台を見たい。どんな、結果だろうと。


「じゃ、明日、入り口で待ち合わせね」

「なっちゃん、付き合ってくれてありがとね。…ほんとに大丈夫?」


最近忙しそうな友人をそばで見ているだけに、つい心配になる。
友人はスマホから視線をそらさずに、頷いた。


「塾ばっかじゃ飽きるし、こんな機会でもなきゃバレーの試合見ないもん」

「ん、ありがとう」


来年は、友人は烏野以外に行くかもしれない。
その時は、私は一人で応援に行くんだろうか。
不意に寂しさがおとずれて、今から悲しくなってどうするんだと自分を叱咤した。

友人がねえねえと肩を叩いた。

スマホの画面には、知らない学校のホームページが映っている。
北川第一中学校、通称、北一。
明日、日向君たちと対戦する学校だ。


「なんか強いみたいだよ、ここ」

「そうなの?」

「調べてないの?」

「調べてない」


マネージャーだったら調べるんだろうけど、いざ試合を前にすると、ちょっと引け腰になってしまっていた。
調べ出したら最後、日向君の前で不安な顔をしてしまいそうだった。


「え、勝つつもりなの?」


友人のあっけらかんとした答えはいっそすがすがしいと思った。
そりゃそうだ。どこの学校もずっと3年間バレー部でやってきたレギュラーメンバーが出てくるんだ。
一方、雪が丘といえば、日向君が頑張って、がんばって、やっと試合に出れるところである。


「…ほら、勝つって気合いだけでも負けちゃダメって言うし」

「北一、優勝候補だって」

「な、なんでなっちゃん、そういうこと言うの!」

「私が言ってるんじゃないもん、前評判。あれ?」

「どうしたの?」

「この人、こないだの体育館にいた…」

「え、誰?」


覗き込もうとしたとき、友人との分かれ道になってしまい、話はそのまま終わってしまった。

北一、優勝候補。

事実としての単語が、脅威を持って頭の中から消えてくれない。

私が試合に出る訳じゃないのにな。
がんばれって言おうかな。でも、私が言ってもな。
ああ、なんだか緊張してきた。

頭を振って、切り替える。
私は日向君を応援できればいい。
日向君のことを好きになってからも、この気持ちだけはこのまましまっておきたい。

私くらい本気で応援しないでどうするんだ。
きっと、日向君は心から勝つ気で試合に臨むにきまっている。
その応援団の私がこれでどうするんだ。

日が落ちてきた空を見上げて、こぶしを作って突き上げた。




よし!





「なにしてるの」

「お、お母さん…!!」


まさかこの姿を目撃されるとは思わなかった。
偶然の出会いに赤面しながら家路についた。


next.