「ちゃんと、……告白する」
日向くんになにも伝えてないのに、世界がもう変わった。
ドキドキしてきた。
卒業式には緊張してなかったのに、こんな、決めたくらいで。
ふと、そばの友人がいつまでも反応がなくて声をかけた。
何か、その、言ってほしい。
呼び出すように背中を押したんだし。
「いや、……、ほんとに今日、……するんだって思って」
「呼び出せってずっと言ってたじゃん」
「言ったけど、そっかあ」
「なに」
「いやー……うん、うん」
「え、なに」
「別に何も」
「なにっ、言ってよ」
「なにもないって」
涙をこぼしていた友人は楽しそうに、それでいて何も言わずに学校へ歩き出した。
今泣いたカラスがもう笑った。
慣用句がよぎる。
笑顔になったならいいことだ。
隣に追いつくと、助けが必要なら言ってと友人はすぐ口にした。
た……、助けって。
別に、ただ、日向くんを呼び出すだけだ。
とてもかんたんなこと。
いつもみたく日向くんに声をかければいい。
日向くん、ちょっといい?
今日、卒業式が終わった後、時間……
見慣れたはずの校門には、卒業式の看板が立てられていた。
「、日向は教室にいるみたいだよ」
下駄箱の前で友達がなぜか指差し付きで報告してくれた。
そんなの、三年生はみんな教室に集合だから当たり前のことだ。
「日向のことだから式はじまるまで走ったりしそうじゃん」
「それは偏見すぎ」
「のほうがTくんのことよくわかってるか」
「……先、行くからね」
「あ、ごめんって、!」
靴を履き替えて教室に向かう。
日向くんたちの外靴はそれぞれの場所に収まっていた。
友人と会話しながら、想像の中で、日向くんを何度も呼びだした。
式が終わったら、時間が欲しい。
いいよ。どこで?
場所は……
どこがいいんだろう。
自問自答しつつ、自分たちの教室に入った。
日向くん、いた。
「ひ、「っち、ちなっちゃーーーん!!」
いきなりの衝撃は、友達がいきなり飛びついてきたからだ。
クラス全員が集まる教室は久しぶりで、とても賑やかだった。
気づけば友達に囲まれていた。
「聞いたよ、ちゃん、ぜんぶ受かったんだってね」
「おめでとう!!」
「あ、ありがと。 第一志望、受かったんだよね」
「奇跡起きた!」
「ねっ、千奈津、こっちの高校も受けたんでしょ?」
「東京からこっち通おうよ!」
「距離、距離」
話が弾む。
それは楽しい。
「えー、なんか緊張するー」
「する?」
「俺、式寝そう」
「隣の担任、すげー泣くらしい」
「なー、ジャンプ持ってきた?」
教室のどこでも会話が飛び交う。
そのなか、たった一人を気にし続ける。
日向くん、あのね。
今日、式が終わった後に。
友達との会話から抜けるきっかけはない。
日向くんは向こうでしゃべっている。
いつまでも声をかけられずにいると、ふと、偶然、日向くんと目があった気がした。
これは、もしかしてチャンス。
みんなとの会話もひと段落ついた時だった。
日向くんのところに行くなら、いま。
「ひ、「」
日向くんと私の間に、タイミングよく、学ランのクラスメイトが割って入った。
同じ委員会だから、こんなふうに呼びかけられることは珍しくなかった。
サッカーの推薦で早々に合格が決まっている彼は、いつもどこか余裕そうにみえた。
「な、なに、翼くん」
「今日、式の後」
「式っ?」
よりにもよって、卒業式の後と出てきてつい反応してしまった。
気にせず続けてと話すと、卒業アルバム委員の仕事を言い渡された。
いや、私も同じ委員なんだから、自覚してなきゃいけないんだけど、まるで認識してなかった。
そんなのあったんだ。
「、どうした?」
「な、なんでもない……よ」
そうだ。
「委員の仕事、すぐっ、終わらせようね!!」
笑われた。
たぶん、“すぐ”を示すジェスチャーがおかしかったんだろう。
必死すぎたみたいではずかしい、けど、日向くんとの時間を作るためだ。仕方ない。
「二人で力を合わせて頑張ろう、卒アル委員として最後の仕事!」
相手は頷いていた。
そばで他の子が翼くんの笑顔かわいいと呟きあっていた。
笑顔……?
飛雄くんの時より変化がわかりづらかった。
いや、飛雄くんも同じくらい、かな。
そんなことを考えている内に、予鈴が鳴った。
みんなが自分の席に着くのに合わせた。
「さん、おれに、なんか用事あった?」
日向くんだった。
席に向かう途中、わざわざ私の方に来てくれた。
「あ、えと」
ドアの開く音、先生が入ってきて、慌てて席についた。
号令がかかって、今日の説明が始まる。
言えてない。
今日、式の後、時間が欲しい。
それだけなのに。
日向くん、隣の席なのに。
また目が合った。
すぐ係の人がはいってきて、視線は逸れた。
卒業生の胸に花飾りをつけてくれるそうだ。
机の列ごとに2人1組の二年生たちが位置につき、前から順番に花をつけてもらっている。
「花っ、すげっ!」
「ね、すごいね」
まだ話せていない約束を胸に秘めながら、日向くんと顔を見合わせた。
さすがにこのタイミングで言い出せない。
いっそ手紙でも書くか。
そう思ったけど、花をつける順番はすぐやってきた。
「卒業おめでとうございます。 記念のコサージュをつけるので動かないでください」
「はい」
花はすぐ決められた位置に付けられた。
日向くんも隣で、おぉっと声を上げていた。
係の人たちが出ていくと、先生が、間も無く式典が始まると説明を始めた。
少しずつ、実感してくる。
これで私たちが卒業するんだって。
「じゃあ、そろそろ整列。 号令ー」
「きりーつ」
いつもの流れ、また一つ終わる。
椅子を戻して廊下に出る。
先を歩いていた日向くんが振り返った。
「さん」
呼ばれただけなのに、きっと、たぶん、日向くんは私の話を聞いてくれようとしていた。
式が終わったら二人で話したいことがある。
卒業アルバム委員の仕事がある。
二つ同時に浮かんで、言い出せない約束が喉元に留まる。
「卒業生はやく並べー」
先生が廊下から教室を覗き込んで、残っている生徒を急かした。
「日向くん、行こう」
前に向き直る日向くんにすかさず近づいた。
ささやきが届くくらい。
「式終わったら時間欲しい」
早口すぎたかな。
日向くんがハッと立ち止まり、肩がぶつかった。
「ご、ごめん、日向くん痛くない?」
「いいよ!!」
その“いいよ”は、肩がぶつかったことじゃなく、その前の言葉に対する返事だとわかった。
「並ぼう、さんっ、卒業式っ」
「ん、行こう」
廊下はガヤガヤしていた。
朝礼がある時と同じだ。
それぞれの胸には華やかなコサージュが付いていた。
いつもの並び順で整列する。
私はこうやって並ぶ時、みんなの間から日向くんの後ろ姿を見るのもすきだった。
「ちゃん、前行ってるよ」
「あ、ごめ」
つい、ぼんやりしていた。
日向くんとまた目があった気がした。
いや、きっと都合のいい勘違いだ。
日向くん、他の男子としゃべっていたんだし。
せっせと前の人に遅れないようについて行きながら、窓の外を見た。
やっぱり寒そうだ。
木の葉が一枚高くたかく飛び上がって、そのまま窓枠から見えなくなった。
空は、青く、とおい。
next.