試合開始のホイッスル、この音を聞くと凛と気が引き締まる。
いよいよ日向君初めての公式戦だ。
雪が丘中学VS北川第一中学。
北川第一からのサーブだ。
バレーはレシーブをしなければ、なにも始まらない。
関向君、がんばって。
そう祈る間もなくボールは速度を上げてこっちのコートに向かってきて、かろうじてボールは宙に上がった。
バレーは同じ人が二度触れてもいけない。
誰が続くのだろうと見守ると、なんとか泉君がボールを上げた。
日向君が飛ぶ。
「…ッ、あぁ!」
北川第一の3人のブロックの前に、三人の繋いだボールはあっさりとはじけとばされた。
バレー、は、そういうものだ。
ひとりじゃできない。
独りじゃ、できない。
「上がった!」
「翔ちゃん!」
「日向さん!」
掛け声が体育館に響く。
ボールを受ける鈍い音、床に叩きつけられる振動、すべてが観客席を巻き込んで反響する。
行き来するボールより、日向君を追っていた。
1セット目はすぐに北川第一にとられてしまった。
2セット目は、1年生のみんなも緊張が少し解けたようで、ボールをなんとかレシーブでき始めた。点数も少しだけ入った(それでも北川第一と大差だけど)。
日向君が飛んでも、すぐにブロックが付く。
また壁だ。
そう思った瞬間、再びブロックされたボールは虚しく雪が丘のコートへとはじけ飛んだ。
「ああ!」
「あいたーっ、また捕まったー!!」
友人の声と、さきほどの烏野の人の声が重なった。
何回目だろう。
何度捕まるんだろう。
バレーは、そういうスポーツだというのに、見ていて切なくなる。
コートには6人いるのに、日向君が一人に見えるのはなんでだろう。
「あっ」
日向君がボールを追っかけていった。
物凄いスピードだった。
うそ、怪我、ぶつかっ…!!
あ、よか、日向君…、立ってる。
「はああ…」
安心している暇はない。
また、北川第一からのサーブだ。
「関向、足でレシーブって」
「あ、ワンタッチ!!やった、うちの点数」
その場で飛び上がって喜ぶのも一瞬、あと一点取られたら試合終了だ。
泉君のサーブ、ネットを掠めたボールが北川第一のコートにそのまま落ちかける。
けど、拾われる。
そのまま帰ってきたチャンスボール、一年生から泉君が受ける、と思っていた。
今、泉君の手は、ボールをちゃんと捉えてなかった。
ボールは、予想とは反対方向にすっとんでいく。
誰しも追いつけない。
誰もが思った。
一瞬だった。
まばたきしたら、
見逃す、
ひ とコマ。
風がかっさらうように、日向君がそこにいて、日向君の手がボールを弾いた。
ボールは相手コートへ一直線に入り、床とぶつかった。
「マジか!!打ったよ、アイツ…!」
「驚いたな…」
「あんなムチャブリトスを…!」
入ってて、入ってて、入ってて。
相手コートギリギリのラインだった。
このスパイクが点数になれば、試合は終わらない。
まだ、まだ、試合、続いてよ!!
ピピーーーーーー、試合開始と同じ笛が鳴らされる。意味は反対、試合終了の合図だ。
日向君のスパイクは、相手コートに入っていなかった。アウトだった。
北川第一中学校の圧勝、
誰しも疑わなかった結果である。
私は、コートに立っている皆のユニフォームを受け取った時のことをなぜか思い出した。
全部新品で、雪が丘って文字が生地に入ってて、みんなどこか嬉しそうに受け取って、日向君は飛び上がるほど喜んでいたのがほんの1週間くらい前である。
待ち焦がれた公式試合だった。
応援するんだって決めて、ようやく叶った場所。
「、ティッシュ。ほら」
皆が整列する姿が滲んで見えて、なんで私が泣いているんだろうと思った。
悔しいのは誰より選手なのに。日向君なのに。
そう思いながら無力感でいっぱいで。
これまでの日々を思い出すといっそう悲しくて、それでいて、勝つという奇跡を信じきれなかった自分に嫌悪して鼻を啜った。
そばを通った烏野の人達に変な目で見られた気がしたけど、仕方なかった。
涙をとめるスイッチがあるなら誰かに押してほしかった。
ずっと泣いていると、その内にコートには誰もいなくなっていた。
「なんかさ、相手チーム、ほんとに強かったんだね」
「そう…みたい」
「相手の人、迫力あった」
「うん、身長、高かった」
「優勝候補と当たれただけでもラッキーじゃないの?戦いたくても、うちじゃあ他の学校でも勝てたかどうか」
「うん…」
頭では分かっていても、勝ってほしかった。
勝ってほしかったけど、勝てるとも思いきれなかった。
「日向、引退するのかな」
「えっ」
「だって最後の試合でしょ。普通は受験に専念するじゃん」
友人に言われてみると、確かに普通はその流れだ。
これが最後の大会で、それが終わったら、2年生に部活動の中心を譲る。
自分たちは文化祭まで作品作りがあるから意識してなかったけど、日向君にとってのバレーは終わりかもしれない。
胸がざわついた。
「どうする?関向たちに連絡取る?」
「…どうしよう」
「私はどっちでもいいよ。って、ごめん、家から電話来てた」
「いいよ、かけてて」
私も携帯を取り出してみる。
日向君から連絡はない。
当たり前だ。
皆はきっと着替えているだろう。
最初で最後のユニフォームだ。
日向君、もうバレーしないのかな。やりたく、なくなっちゃったかな。
聞いてみたいのに、聞きたくない。
なのに、今、日向君に会いたかった。
何にもできない私なのに、何がしたいかわからないのに、会いたかった。
どんな顔してるんだろう。どんな気持ちでいるんだろう。
そばに、いきたい。
「、ごめん。ちょっともう帰る。ほんとごめん」
「い、いいよ。皆試合して疲れてるだろうし、帰ろう」
荷物を手にする。
すべてが終わったコートを一瞥してから、私たちもその場を後にした。
next.