ハニーチ

スロウ・エール 26


試合開始のホイッスル、この音を聞くと凛と気が引き締まる。
いよいよ日向君初めての公式戦だ。

雪が丘中学VS北川第一中学。

北川第一からのサーブだ。

バレーはレシーブをしなければ、なにも始まらない。
関向君、がんばって。
そう祈る間もなくボールは速度を上げてこっちのコートに向かってきて、かろうじてボールは宙に上がった。
バレーは同じ人が二度触れてもいけない。

誰が続くのだろうと見守ると、なんとか泉君がボールを上げた。

日向君が飛ぶ。



「…ッ、あぁ!」


北川第一の3人のブロックの前に、三人の繋いだボールはあっさりとはじけとばされた。

バレー、は、そういうものだ。


ひとりじゃできない。


独りじゃ、できない。




「上がった!」

「翔ちゃん!」

「日向さん!」



掛け声が体育館に響く。
ボールを受ける鈍い音、床に叩きつけられる振動、すべてが観客席を巻き込んで反響する。

行き来するボールより、日向君を追っていた。


1セット目はすぐに北川第一にとられてしまった。

2セット目は、1年生のみんなも緊張が少し解けたようで、ボールをなんとかレシーブでき始めた。点数も少しだけ入った(それでも北川第一と大差だけど)。


日向君が飛んでも、すぐにブロックが付く。

また壁だ。
そう思った瞬間、再びブロックされたボールは虚しく雪が丘のコートへとはじけ飛んだ。



「ああ!」
「あいたーっ、また捕まったー!!」


友人の声と、さきほどの烏野の人の声が重なった。

何回目だろう。
何度捕まるんだろう。

バレーは、そういうスポーツだというのに、見ていて切なくなる。

コートには6人いるのに、日向君が一人に見えるのはなんでだろう。



「あっ」


日向君がボールを追っかけていった。
物凄いスピードだった。

うそ、怪我、ぶつかっ…!!


あ、よか、日向君…、立ってる。



「はああ…」



安心している暇はない。

また、北川第一からのサーブだ。




「関向、足でレシーブって」

「あ、ワンタッチ!!やった、うちの点数」


その場で飛び上がって喜ぶのも一瞬、あと一点取られたら試合終了だ。


泉君のサーブ、ネットを掠めたボールが北川第一のコートにそのまま落ちかける。
けど、拾われる。
そのまま帰ってきたチャンスボール、一年生から泉君が受ける、と思っていた。

今、泉君の手は、ボールをちゃんと捉えてなかった。

ボールは、予想とは反対方向にすっとんでいく。

誰しも追いつけない。
誰もが思った。

一瞬だった。

まばたきしたら、

 見逃す、


ひ とコマ。


風がかっさらうように、日向君がそこにいて、日向君の手がボールを弾いた。
ボールは相手コートへ一直線に入り、床とぶつかった。



「マジか!!打ったよ、アイツ…!」

「驚いたな…」

「あんなムチャブリトスを…!」



入ってて、入ってて、入ってて。
相手コートギリギリのラインだった。
このスパイクが点数になれば、試合は終わらない。
まだ、まだ、試合、続いてよ!!


ピピーーーーーー、試合開始と同じ笛が鳴らされる。意味は反対、試合終了の合図だ。

日向君のスパイクは、相手コートに入っていなかった。アウトだった。



北川第一中学校の圧勝、

誰しも疑わなかった結果である。



私は、コートに立っている皆のユニフォームを受け取った時のことをなぜか思い出した。
全部新品で、雪が丘って文字が生地に入ってて、みんなどこか嬉しそうに受け取って、日向君は飛び上がるほど喜んでいたのがほんの1週間くらい前である。

待ち焦がれた公式試合だった。
応援するんだって決めて、ようやく叶った場所。


、ティッシュ。ほら」


皆が整列する姿が滲んで見えて、なんで私が泣いているんだろうと思った。

悔しいのは誰より選手なのに。日向君なのに。

そう思いながら無力感でいっぱいで。

これまでの日々を思い出すといっそう悲しくて、それでいて、勝つという奇跡を信じきれなかった自分に嫌悪して鼻を啜った。


そばを通った烏野の人達に変な目で見られた気がしたけど、仕方なかった。
涙をとめるスイッチがあるなら誰かに押してほしかった。

ずっと泣いていると、その内にコートには誰もいなくなっていた。



「なんかさ、相手チーム、ほんとに強かったんだね」

「そう…みたい」

「相手の人、迫力あった」

「うん、身長、高かった」

「優勝候補と当たれただけでもラッキーじゃないの?戦いたくても、うちじゃあ他の学校でも勝てたかどうか」

「うん…」


頭では分かっていても、勝ってほしかった。

勝ってほしかったけど、勝てるとも思いきれなかった。



「日向、引退するのかな」

「えっ」

「だって最後の試合でしょ。普通は受験に専念するじゃん」


友人に言われてみると、確かに普通はその流れだ。
これが最後の大会で、それが終わったら、2年生に部活動の中心を譲る。
自分たちは文化祭まで作品作りがあるから意識してなかったけど、日向君にとってのバレーは終わりかもしれない。

胸がざわついた。


「どうする?関向たちに連絡取る?」

「…どうしよう」

「私はどっちでもいいよ。って、ごめん、家から電話来てた」

「いいよ、かけてて」


私も携帯を取り出してみる。

日向君から連絡はない。
当たり前だ。

皆はきっと着替えているだろう。
最初で最後のユニフォームだ。

日向君、もうバレーしないのかな。やりたく、なくなっちゃったかな。

聞いてみたいのに、聞きたくない。


なのに、今、日向君に会いたかった。

何にもできない私なのに、何がしたいかわからないのに、会いたかった。
どんな顔してるんだろう。どんな気持ちでいるんだろう。

そばに、いきたい。



、ごめん。ちょっともう帰る。ほんとごめん」

「い、いいよ。皆試合して疲れてるだろうし、帰ろう」


荷物を手にする。
すべてが終わったコートを一瞥してから、私たちもその場を後にした。


next.