お祭りなんて毎年あることなのに、日向君と行けるというだけで嬉しくなる。
でも、どうだろう。
さっきの子といい、私は日向君と同じ幼稚園でもないし、他のクラスの人のこともわからないから話が合わないかも。
交流関係の広い日向君のことだ。きっと、きっと私といないほうが話も弾むはず。
『さん行ける!?』
でも、……誘ってくれた。
日向君が、誘ってくれたんだ。
お祭り、行きたい。わたし、行きたい。
強い気持ちで赤ペンをプリントに滑らせると、出が悪くなってしまった。
隅っこで走り書きをしつつ、ちらっと日向君を視界に入れた。うんうんと唸りながら問題と向き合っている日向君、その背中が見えるだけでなんだかくすぐったい。
顔をそらした。プリントに丸を付けた。丸、丸、丸。
全問合ってたって、気持ちは落ち着かなかった。ああ、ダメだ。日向君といる自分ってどんなだったっけ。
*
「さんっ」
今日最後の科目が終わると、白いシャツしか見えてなかった日向君がパッとこちらにやってきた。
「昼、食べる?」
おずおずと頷く。今日は昨日のバタバタもあってお弁当はなく食堂で食べるつもりだ。
「食べ終わったらさ、図書館行くって話してたじゃん」
「うん」
「もしよかったさ、その前に、トス、あげてくれない?」
久しぶりに日向君から『トス』という言葉を聞いた。
別の意味でドキっとする。
バレーのことを話す日向君はいつもよりキラキラして見えるのもあるし、やっぱり、あの北川第一の試合を思い出すからだ。
「少しだけで全然いいからさ!」
「それは……いいんだけど、場所は?」
「今日は昼から体育館半分使えるって!」
元気良く日向君が答えてくれる様子から、一年生の鈴木君たちから話を聞いているんだろうとわかった。
かくいう私も夏休み期間の部活動の予定はなんとなくだが知ってはいた。
「だったら、今からやろうか?」
「いいの!?」
「いや、たぶんお昼の後だとバレー部の皆の邪魔に…」
言いかけながら、むしろ3年の日向君はいた方がいいんだろうかと言葉を切った。
日向君がバレー部を引退しているとは聞いてない。
最初は一緒に部活動をするわけじゃないから、先輩がいると下手に気を遣われてしまうかもと気になっただけだった。
ただ、日向君は深く考えてなかったようで、どこかに置いていたらしいバレーボールをすぐに手にしていた。
「ありがとう、さん!」
どうにも日向君はバレーがしたくて仕方ないらしい。
図書館に行く前でもどちらでもよかったが、今からバレーをすることで決定したようだ。
「あ、ごめん、私、日向君の練習に付き合うから」
一緒にご飯を食べようか話していた友達に一言告げる。日向君も昼ごはんを誘ってきた友達を何度か断っていた。
やっぱり日向君って友達多いよなあ。
「ん?なに?」
「!ううん、別に。行こう」
「おうっ」
ついぼんやりと日向君を見つめてしまっていた。
気づかれないようにしないと変にも思われる。
両方のほっぺたに手を当てると、教室の冷房のせいか冷たかった。
外はムッとするほど暑かった。
「あれ、翔ちゃんバレー?」
「イズミンもやる?」
「さんとやるんじゃないの?」
「さんにはトスあげてもらうからブロックやってよ!」
「まあいいけど…」
「あ、コージー!コージーもバレーやる!?」
「今からか?」
ちょうど廊下で向かいからやってきた二人、日向君に言われるがまま連れられて、結局4人でバレーをした。
夏の体育館はやっぱり暑くて、体がべとべとになってしまった。
シャワーが浴びたい。
風を求めて入り口付近で座り込む。ハタハタとシャツを揺らしても一向に涼しくならなかった。
日向君ってスタミナもすごいよなあ。
「翔ちゃん、ばてないよねー」
「関向君もすごいよ」
「サッカー部ってかなり走り込みさせられるからね」
「泉くんバスケ部だったし、それもすごそう」
「まあ。あ、これ」
「麦茶?」
差し出された紙カップは、熱中症対策用に設置されたお茶のタンクから持ってきてくれたらしい。
手にすると、驚くほどひんやりしている。たぶん氷が入っていたんだろう。キンと冷たい。
「先生が水分取れって」
「私の分までありがとう」
「さんにはいつも差し入れもらってたしね。って言っても、これ、俺のお茶じゃないんだけどさ」
それでも持ってきてくれたことが嬉しいと告げると泉君は照れた様子で頬をかいた。
同時に、体育館にバレーボールが強く打ち付けられる音がする。
会話が途切れる。
関向くんがボールを宙に向けて打ち上げる。
日向君が大きくそれたボールに空中で追いつく。
まるで芸術のような一連の流れだった。
日向君のいる場所だけ時が止まったみたい。
ほんの一瞬の出来事なのに、息をのむことを忘れる。
浮き上がったボールが鋭く床にぶつかり、また飛び跳ねた。
勢いを失ってこちらの方までボールが転がってきた。
口火を切ったのは日向君だった。
「あっちーーー!はらへったー!」
「もう気が済んだか?」
「んっ、コージーありがとう!さんもイズミンもありがとう!」
「いいって」
「うん、私も楽しかったから」
「じゃ、もう行くか」
「あ、おれ鍵返してくるっ」
日向君はもう体育館を飛び出していた。
「翔ちゃん、扉あっちしめてないじゃん!」
「すぐ一年来るから鍵だけ渡せばいいってー!」
もう日向君の姿は校舎の中に入って消えていた。
1年生の教室は一階だから、きっとすぐ戻ってくるだろう。
泉君と関向君と3人で、ぽかん、と立ち尽くしてしまう。
「ほんと、バレー、好きだよな……」
関向君の言葉に静かに同意を示した。
「でも、アイツ、烏野入れんだっけ。模試でD判定出してたような」
「い、いまものすごく頑張ってるよ」
「さんはどこ受けるの?」
「烏野、……受ける予定」
「じゃあ、さん教えてあげたら?」
「えっ」
「まあ、いいかもな」
「ええっ」
「何の話してんのっ?」
なんで、このタイミングで戻ってくるのか。
会話を気にして私たちの顔を見回す日向君、そんな日向君に関向君が淡々と言った。
「に勉強教えてもらったらいいんじゃねーのって話」
「ええ!!」
「い、いや、あの、私教えるほど頭よくない…」
「さんそれ嫌味」
「いやっそんなつもりじゃ」
「お、おお、おれは、さんに教わんないって!ほら、早く昼飯行こうっ」
「むしろ俺が教わりたいかも……」
「イズミンが!?」
「えっと、泉君、どこ受けるの?」
話題を変えたくて必死に泉君たちに話しかけて体育館を後にした。
はじめて男子と一緒に食堂に行ったし、ごはんも一緒に食べた。
3人とも食べるのが早くて、話に参加せずに、つゆが飛ばないように意識しながら冷やし中華を口に運んだ。
「くしゅっ」
「大丈夫?」
「うん、ちょっと空調当たってたから」
食べ終えて食器を片付けに行く帰り道、鼻を小さくすすった。
泉君と関向君はこのまま帰るらしい。
私と日向君はこれから図書館だ。荷物を取りに教室に向かう。
冷えた体にこの廊下はあたたかかった。
「あ、あのさあ」
日向君が前を向いたまま、そわそわとしていた。
「お、おれさ」
「うん」
「さんのこと、き、嫌いとかじゃないから!」
「え、あ、うん……」
唐突に言われた内容に理解が追いつかず、ひとまず頷いた。
嫌いとじゃない、ということは、私は日向君に嫌われていない、という意味で、えっと、急に、なんでそんな話になったんだっけ。
困惑した私に気づいて日向君が早口に続けた。
「ほ、ほら、勉強教わるとか、言ってたじゃん!」
「あ、…そう、だね」
関向君たちと出ていた話かと、ようやく合点がいった。
前にも先生だったかに同じことを言われた時も即答で断られていたから、特にショックなんて……少ししか受けていない。
「なんか、かっこわるいじゃん。教わるの」
「え?」
「だ、だから、……うん」
日向君が口ごもる。
教室について日向君が先に扉を引いた。
「がんばるからさっ、さんは見てて」
日向君はそう言って自分の席に向かって机からノートや教科書を引っ張り出していた。
私も、図書館に持っていくテキストを整理しないと。
手を動かしながら、自分はきっと言われなくても日向君を見守ってしまうんだろうと思った。
next.