ハニーチ

スロウ・エール 44




「「あ、雨」」


ちょうど声が重なってお互いの顔を見やる、塾帰り。
あのお祭りの日のように雷が鳴ったかと思うと、あっという間に雨が強くなっていった。
同じ教室にいた人たちが傘をさして横を通り過ぎていく。


さんも今日いたんだ」

「ううん、自習室。山口君は講習なんだ」


と、いうことは、月島君もいるのか!?
身構えて辺りを見回してしまうと、山口君が月島君は今日はいないことを教えてくれた。


「ツッキー、苦手?」

「えっ、いや、……うん」


よかった、月島君がいなくて、という顔をしてしまったらしい。
本音を言えば、月島君に限らず男子全般苦手ではあった。さすがに山口君にそこまで言えないけど。
日向君のおかげで慣れてくれば話せるレベルにはなっている。


「山口君って月島君と同じ学校なんだよね、仲いいんだ?」


振り分けでクラスが違っていても、休憩時間とかコンビニとかいつでも一緒にいる姿を見かける。
山口君もそれを否定するわけもなく頷いた。
束の間の雨宿りの、たわいない話題だった。


「そういえば、さんもバレー好きなの?」

「えっ」

「いや、ほら、決勝戦見に来てたから。あ、ごめ!」


北川第一と光仙学園の試合のことだ。

謝られたのはきっと、試合終わりの濡れネズミを想起させたから、だろう。
月島君にその時ジャージを借りたのも記憶に新しい(忘れたいけど)

苦笑いを浮かべて首を横に振った。


「いいの。今日はちゃんと傘あるし」

「あ、新しいんだ」

「今日初めて使う」


前の傘は、北川第一のセッターさんのところに置いてきてしまったから。

もしかしたら、あの体育館のベンチのそばに転がってるんだろうか。
もし目が覚めて自分のところに傘がかけてあったら、悪戯かと思うだろうし。

今度、折を見て体育館に探しに行ってみよう。
そう思案しながら、折り畳み傘を丁寧に広げた。


「あ、山口君、傘は?」

「あるよ」


傘立てから一本の傘を山口君は引っ張りだした。よくみるビニール傘だ。
こないだ忘れてコンビニで買ったんだと教えてくれた。

私が傘を開かないでいるのに、山口君が気付いた。


「帰らないの?」


雨はさっきより弱まっているから、帰るなら今このタイミングだろう。


「もうちょっと。今日はいつものバスじゃないんだ」

「そうなんだ」

「あ、帰っていいよ。気にしないで」

「あ……じゃあ」

「うん、ばいばい」


ひょろりと周りより頭一つ抜けている山口君を見送った。

こうやって話してみると、けっこう話しやすいかも。同じ学校だったら、泉君もなんとなく同じ雰囲気がする。




「!び、びっくりした」

「わ、悪い」

「あ、ううん、翼君が悪いんじゃなくて私が勝手に驚いただけ。今日来てたんだ」

「ついさっき。報告に」

「報告?」


目の前の彼が言いよどむと、なんとなく察してしまった。


「う、受かったんだ。スポーツ推薦!!」

「ああ……」

「すごいね、すごい!!おめでとう!」


これで塾の講習に来なくていいよね、とか、残りの中学生活は全部サッカーなんだ、とか早口についつい話してしまった。

普段とは違う路線のバスに揺られながら、ぶしつけだったなあと反省した。

同級生の合格はやっぱりうれしい。すごいなあ、東京の学校なんて。
受験勉強はしなくてよくなったからアルバム委員の仕事も手伝ってくれるって。いいのにな、そんなの。なんだかんだ顔を出してくれてたし。
彼のあんな嬉しそうな顔、はじめて見た。

嬉しくてつい日向君にもメールしてしまった。
すげー!!!!!って日向君の返信メールから声が聞こえてきそうだ。

私も頑張らなくちゃ。

雨がやんだ景色を眺めて、バスの停車ボタンを押した。








前に来たときは従兄の車でだった。

あの時よりも落ち着いた気持ちで病院に足を踏み入れる。



「じゃあ、失礼します」


祖父のいる病室から、学ランの男子2人がちょうど出てきた。
すれ違いざまに目が合ってしまって、慌てて目をそらした。

もしかして、バレー部の人なんだろうか。

中に入ると、祖父がベッドに横になったまま何かノートを読んでいた。


「なんだ、来たのか」

「あれ、けーちゃんは?」

「今日来ないぞ。町内会のバレーの日だ」

「そうなんだ。じゃあ、お母さんに頼まれたの、ここに置いとくね」


荷物を整理しながら祖父を横目に確認すると、思ったより顔色が良くて安心した。


「すぐ退院するのに物を増やしてどうする」

「そしたらけーちゃんに頼んで持って帰ってもらってよ。あ、お花、いけてこようか」


もらったばかりのお花を手にとって、さっき見かけた人たちが持ってきたんじゃないかって思った。
聞いてみようかと思ったけど、やめておいた。

バレーの話にしたくなかった。

バレー部のコーチ、続けるの?ってきっと質問したくなるから。

やめてほしいってうちの母は思っていて、祖父はきっと続けたいって思ってるはずで、どっちもわかるし、私には何にもできないってことを思い知らされるのが嫌だった。


「綺麗な花だね」



「なに」

「レシーブも少しはやってるのか?」


なんで、花をいけてきた人に、いきなりレシーブの話を振るんだろう。

つい噴出してしまって、ニヤッと笑みをこぼす祖父の顔に安心感を覚えた。







「けーちゃん!」


病院から出てくると、ちょうど見知った顔に出会えて駆け寄った。


「なんで?町内会でバレーなんでしょ?」

「じいさんが言ってたのか? たく、身内が倒れてんのに優先できるかよ」

「お母さんからの荷物、置いておいたから」

「サンキュー。送るか?」

「いいよ、バスすぐ来るから」

「そっか」

「けーちゃん疲れてる?」

「そう見えるか?」

「だって病院行き来してるって聞いたし。お店もあるし」

に心配されるようじゃまだまだだな。じゃあな」

「うん」


少し歩きだして、本当は教えようかと思った。

烏野高校の、たぶんバレー部の人たちがお見舞いに来てくれたよって。

でも、言わずにいた。


私が何を言ったとしても、結局、何にも変えられないから。
必要があれば祖父が言うだろうし。

従兄もバレーが好きだから、祖父の希望をかなえてあげたいかもしれない。


私ってつくづく外野なんだなあ。

再びバスに乗って、空いている席に腰を下ろし、ぼんやりと車道を眺めた。

つまらなくて、顔を上げた先に、車内の宣伝が目に留まる。


白鳥沢学園高校の宣伝だ。
ちょうど8月の中頃にスクールオープンデーをやるって書いてある。

そんなイベントがあるんだ。面白そう。

そういえば、このバスって白鳥沢まで行けたような。
路線図を見てみると、本来降りるバス停のずっとずっと先だった。
でも、予想よりは近そうだ。

オープンデーって誰でもはいれるのかな。

涼しい車内が気持ちよくて、そんなことを考えながらうつらうつら気づけば眠ってしまった。







まさか、白鳥沢学園高校まで来ることになるとは思わなかった。


「う、そ」


目が覚めて、次の停車先がまさかの白鳥沢学園高校だなんて。
かなり、かなり乗り過ごしてしまった。
辺りも暗くなってきている。


とにかく早く降りて反対側のバスで帰らないと。

と、降りたのはいいけど、バス停はどこにあるんだ。

いや、ふつう反対側にあるよね。
あ、あった。
よかった。


バスが来るにはまだ10分以上あるけど、バスがあるだけましだった。


「はあ……」


がっくりとうなだれて時計を見る。
思っていたよりも帰宅は遅くなりそうだ。

手持無沙汰に辺りを見回しても、学校の入り口らしき門は見当たらなかった。

もう少し歩いたところにあるのだろう。
もしオープンデーに来るなら、ちゃんと調べておかないと。

夏休みということもあって、白鳥沢の生徒さんも見当たらなかった。

いや、ちょうど一人の男の人が走ってきた。
私が立っているところの反対側の道をすごい速さで走っていく。

たぶん、どこかの部活かな。紫色と白のジャージってかっこいい。

その人は颯爽と走り抜けていった。


自主練習なんて偉い。日向君みたい。

なんて思いつつ、白鳥沢って確かスポーツの名門だからそんな学生がいっぱいいるんだろう。

私がようやくバスに乗るとき、同じ紫と白のジャージを着ている集団がやってきていた。
こっちは別の部なのかな。

バスの窓からその人たちを見送った。




next.