「もっもしもし?」
「さん?」
「う、ん」
「いま、大丈夫?」
「平気。何かあったの? あたっ!!」
「だいじょーぶ!?いま、すごい音した!」
「ごごめん、物蹴っ飛ばしちゃって。だ、大丈夫、なんだっけ?」
「あ、えと。……こっ今度の土曜って時間ある?」
「土曜……」
「予定入ってるならいいんだけど!!」
「あ、いや、平気。なんかある?」
「イズミンが映画の試写会に当たったんだって!」
「えっすごいね」
「でも予定あるからってくれたから、その、一緒に行けたらいいなって」
「い、行く。……行く」
「行けるならよかった!」
「うん、平気。何時から?」
「9時30分からのやつ!」
「朝の回か、了解! ありがとう」
「いや、当てたのおれじゃないし」
「あ、もちろん泉君もありがとうだけど……」
「だけど?」
「いやっその、関向君とか、他に観たい人いるだろうから」
「あーー……うん。……
さんと行きたかったから」
「えっ?」
「いや、えっと」
「あ、日向君、今、音がちょっと飛んで聞こえなくてごめん」
「いやっ、コージーも親戚の家に行くって言ってたからさん行けてよかった」
「そっか」
「こっちこそありがとう」
「ううん……」
「ん……」
「……」
「……」
「あ、通話料かかるから切った方が!」
「そ、そうだね。じゃあ、また、あ!」
「え!」
「いや、今日、帰りにさん次いつ来るか聞けてなかった」
「あー、うん。でも、土曜すぐだし。夏休みも、まだあるけど、あっという間だし」
「し、宿題は終わった?課題図書とか」
「まだ。日向君、どれにした?」
「1番のやつは眠いって聞いた」
「そうなの、なんだっけ、1番」
「タイトル忘れたっ、子どもが変なおじさんに声かけられて遠くに行く話っ」
「えっそんな事件ぽいのあったっけ!?」
「そのおじさんには秘密があって子どもに話してくって」
「秘密って?」
「それは聞いてない」
「そこまで聞いたら気になる」
「おれも言ってて気になってきた」
「はは、日向君、秘密わかったら聞かせてよ」
「さんは?」
「私も読むけど、どっちが先読むかわかんないから」
「読んだらおれに教えてっ」
「えー、でもどっちにしろ読まなきゃ感想文書けないじゃん」
「そっか、じゃあ二人とも読まないと!」
「でも秘密だけ気になるかも……なっちゃんも1番かなあ」
「あとなんだっけ」
「伝記だった気がする。感想文って苦手だから早くやんなきゃ」
「なんで?さんいっつも上手いじゃん」
「いや、いやいや全然、ぜんぜんだよ」
「おれには言えない表現いっぱいあってすげー伝わってくる。すごいよ」
「日向君……褒め上手」
「すごいからすごいんだって!!」
「あ、うん。……って、今の夏ちゃんだよね?」
「う、うん。……わかったからあっち行ってなさい!」
「……」
「だっだから、おねーちゃんだって!ほらあっち! ……ごめん!」
「ううん、結構話し込んじゃったし。土曜の映画、楽しみにしてるから、その、早くお風呂行ったほうがいいよ」
「う、うん、じゃあね!」
「ばいばい、日向君」
電話を切って5分後のことだった。
「もしもし、さん!?」
「どうしたの?」
「映画の話とはちがくて、ついさっき1年から連絡があって」
「1年……ああ、鈴木君とか?」
「そう、生徒会から文化祭の紙出してないから早く出せって言われてて」
「生徒会、文化祭……ああーーー!そっか、そうだね、出さなきゃだね、ごめん、忘れてた」
「いや!さんじゃなくておれが出さなきゃだからっ」
「でも、日向君、正式に部活なったの今年からだし。そうだね、部活動になったら文化祭はなんかやらないと……今からかー」
「今からだとなんかある?」
「生徒会が今言ってきたのって、たぶん、部活の場所決めのためで……今年の生徒会の人たち、仕事遅いから、今になって気づいて……いいや、とりあえず、言われてるのって紙出せってだけだよね?」
「そう、どんな風に書くかよくわかんなくて、ごめん、電話した」
「いいよ。食べ物系は人数少ないと大変だし予算もあるから、できるの何かの展示だと思う。展示って書いとけば大丈夫。内容って書いてあるとこ、あるよね?」
「あ、紙は今ない!」
「あ、そっか!」
「待って、言われたことメモするっ」
「えっと、じゃあ、内容の欄が一番大きくあると思うから、そこに展示って、あ、待って、かっこ仮も書いた方がいいかも。それだけで一旦はいいと思う」
「何展示するかまで書かなくていいの?」
「決まってる方がいいけど決められないし。毎年どこの部活がどこになるかってけっこう決まってるから……その、内容は学校始まったら考えよう」
「うん……」
「……後の欄は、部活名とかだから大丈夫なはず」
「わかった」
黙ると静か過ぎて、何かを書く音がずっと電話越しに聞こえた。
「よし、書けた」
「その紙って、今、鈴木君が持ってるんだよね」
「そう。明日学校でもらうよ」
「うん、そしたら生徒会室に持ってけばいいよ、誰かいると思う」
「夏休みなのに?」
「生徒会室、けっこう快適だからたぶんいる」
「入ったことあるんだ、すげー!」
「誰でも入れるよ、前の生徒会長はちょっと怖い感じだったから入りづらかったけど」
「今は1組のやつだよね」
「そう、あのほんわかした……。文化祭は最後の仕事だからいるんじゃないかな」
「あ、もうすぐ終わりなんだ」
「9月だしね」
「……そうだね」
黙ると、なんでか胸が詰まった。
「さん、ありがとう」
「ううん、気づかなかったの私だし」
「さん、いてくれてよかった」
「えっ」
「ほんとうに。……おれ、本当に、そう思ってる」
「……」
「あ! ごめん、切るね」
「あっ、日向くん!」
「ん?」
「その、……ありがと」
「……」
「電話、くれて。……お、おやすみ!」
携帯を握りしめたまま、しばらく天井を仰いだ。
*
日向君と映画を見に行く日は、カレンダーに丸を付けた。
後で、親に見られたら嫌だと思ったけど、仕方ない。
勉強する合間に、ついチラチラと見てしまう。
会ったとき、文化祭の展示を何にするか、話そう。何かいいアイディアないかな。
これまでは家庭科部のことだけだったから、そこまで悩む必要なかった。
男子バレー部は今年から初参加だし、何かしらインパクトがあることをして来年につなげたい気持ちもある。
来年のことを思うと、なんだか切ない。
今のクラスもおしまいになる。全部、おしまい。
日向君は、文化祭のこと、どう思うのかな。
バレー部としての“部活動”ではあるけど、日向君のやりたかったバレー部は、これ、なのかな。
というか、バレー、じゃないか。
いつもと同じで答えの出ない問いにたどり着くと、捨てられずにいるトーナメント表を引っ張り出してまた眺めた。
第一試合、雪が丘中学と、北川第一。
たった一回だけの、公式試合。
もし勝ってたら、なんて想像もできない。
試合に出られたこと自体がすごい。1年生が3人も入ってきてくれたこともすごい。
中2の時を考えたら、もう十分すごいことができてる。
けど、どうして、コートに立って試合に臨むっていう、シンプルなスタートを日向君だけきれずにいるんだろうって考えてしまう。
神様が見てるなら、どうして助けてあげないんだろう。
日向君、ママさんバレーには参加してるって言ってたな。
一回くらい、覗いてみようかな。迷惑……だよなあ。
ひとつため息をついて、荷物をまとめて、開きっぱなしのテキストと一緒に考え事もそのままに部屋を出た。
next.