ハニーチ

スロウ・エール 52





影山くんは、思ったよりもいい人なんだろうか。

さっき体感したサーブの威力とあの眼光とは異なり、こうやってお礼を言う律義さに困惑した。
体育館の中では次のサーブの音が響き続けた。

影山君は私と同じ中学3年生、もう部活動を引退してたっていいはずだ。
成績を考えればむしろ引退するのが正解だろう。

誰に言われるわけでもなくバレーを続ける姿、どうしたってあの日向君の姿が浮かぶ。


“誰かの応援程度でバレーは続けらないってことだよ”


従兄がそう呟いていたのも思い出す。
従兄だってそうだ。ベンチを温めているだけでも続けていた。

祖父もそう。
誰かが止めようが応援しまいが関係ない。

自分で決めてバレーをやっている。


やってきたバスに乗り込み、まだ痛むおでこに手を当て、流れる景色を見つめながら、じんわりとあのコートの中を思い起こす。

コートの向こうの影山君のことも、バレーボールのことも、私は何にも考えていなかった。
先生に言われるがまま、あの中にいた。小さい時と同じだ。流されるまま、あの場にいた。

それが悪いんじゃないんだけど、今は、なぜか、すごく歯がゆかった。











その晩、早々に影山君からメールが届いたのは驚いた。

最初のメールだというのに名前も文中にはなく、「この問題がわからない」というメッセージと画像の添付だけ、メールアドレスがkageyamaでもtobioでもないわけで、最初は迷惑メールかと思ってしまった。


『まずは挨拶も入れようよ。影山君だよね?』

『はい』


だから、『はい』だけってなに。しかも、『はい』って。

男子とメールする機会はこれまでそうないけど、自分の数少ない経験からしてこんな片言の相手は初めてで別の意味で頭が痛かった。

質問された問題は幸い今日やった問題だったので、解説を読むように促してすぐに話は終わったからよかった。
なんというか、こうも飾らない言葉だけ送られてくると、いっそ電話でやり取りした方がよかったかもわからない。

でも、あの不機嫌そうな声から電話が来ると思うと、なんだか委縮してしまう。
こういうの、安請け合いしないほうがよかったかな。

少し後悔しつつも、誰かの役に立っているという事実はやはりうれしくて、ちょこちょこと送られてくる影山君からのメールはきちんと返し続けた。











「遠野、いる?」



久しぶりに姿を見かけた月島君は、周囲を一瞥してから自販機の前で休憩中の私に尋ねた。


「来てないよ」


志望校の合格が決まったから自習室に用はないだろう。実際、最近姿を見ていない。
ましてサッカーの推薦のはずだから、勉強よりも練習に忙しいんじゃないだろうか。

簡単に考えを告げると、『そう』と短く答えて月島君は私の隣に座った。

座るんだ、と密かにショックを受けたことがばれないようにペットボトルに再び口を付けた。

ここで月島君より先に立ちあがったらまた何か言われるんだろうか。

悩むより先に月島君が言った。


「白鳥沢、受けるんだ」


さっき塾の講師に聞きに行った時のプリントに目をつけられて、学校名が見えないように今更ながら裏返した。



「……受けますけど」

「ふーん」

「そ……いう、月島君も受けないの」

「まさか。この程度の頭で受けるわけないデショ」

「嫌味?」



月島君は今回の講習でもかなり上位の成績だったはず。
ありえない、なんて態度を取るほどの話だろうか。


「あそこはスポーツ推薦がほとんどで、外部受験の数なんてたかが知れてるからね」


受験するだけ無駄、といった風に月島君は言い切った。

ごもっとも、と思っても彼が言うと素直に頷けないのはなんでだろう。



「でも、月島君もバレーするなら興味あるんじゃ」


中学三年生でこの身長なら十分可能性があるんじゃないか。

宮城県一の強豪校、白鳥沢学園高校。

バレーをするなら憧れていてもいいはず。
と思って横にいる月島君の表情を伺ってみても、たいして興味もなさそうだった。


「バレーやる人間がみんなあそこに行きたがるとは限らないよ」

「でも、身長あるし」

「この程度ゴロゴロいるよ」

「……」

さんは白鳥沢でバレーやるの?」


その言葉はバレーを本当にやるのかの疑問でなく、例にもれず、『やる訳ないよね』という意味合いが含まれていた。
ペットボトルの口を固くひねった。



「や、やらないけど」

「スポーツやらないのにわざわざ名門校受けるんだ」

「……」

「そういえば北川第一と光仙の決勝も見に来てたし、見るのが好きっていう人? いるよね、自分はできないからって応援と称して夢を押し付けるタイプ」


反論しようにも、月島君の言葉が胸に刺さって言葉がすぐには出ない。


「自分でやればいいのに」


もうしまってるのにまだペットボトルの口を堅く握っていた。

その内、月島君とよく一緒にいる山口君も来て、そのまま二人はいなくなった。

私は座ったまま動けなかった。
プリントも裏返しのまま、自動販売機をぼんやりと見つめていた。

なんで、あんな言い方するんだろう。
そんなに白鳥沢受けたら変かな?チャレンジ校って受けるよね?おかしくないじゃん。

頭の中でいもしない月島君にたくさん言い訳をして、無駄にイライラし悲しくなってて、結局自習室でやる気が起きず、今日はそのまま家に帰ってしまった。

そんな時に届いた2通のメール。


一つは影山君の質問メール。

もう一つは日向君からの映画についてのメール。


一つ返信して自分を取り戻して、もう一つ返信して心が平和になった気がした。

この時は、二人が一緒にバレーをする未来が来るとは夢にも思わなかった。



next.