ハニーチ

スロウ・エール 54






マネージャーやってもいいよ、その発言はずいぶん上から目線だと思ったものの、再びコートに入ったその人が将来有望そうな中学生のスパイクを何度もいとも簡単にブロックしてしまったのを見て納得した。
スパイカーに対する読みが鋭い。
そもそも金の卵探しの思い付きもこの人っぽいし、いろんな意味ですごい選手みたいだ。

その人は“天童”という人だった。

第1体育館に入ってきたおそらくバレー部の人がその名を叫んだからよくわかった。
どうやら本当のバレー部のイベントに参加する必要があったらしい。

ごめんと詫びる言葉を口にしていたが、この天童という人からは反省の色が微塵も感じられなかった。


「鍛治くんがダイヤの原石を見逃してないかチェックしただけだって。まあ、でもさすがだよね。“これ”はない」


“これ”が示したのが、疲れ果てて息を切らす参加者だとわかって嫌悪感が増した。

いや、わかってるはずだった。
この学校はスポーツ特待生が多いんだから、こんな風に身体能力を図られ比較されるの常のはず。

でも、そんな言い方しなくたって。

思わず非難めいた眼差しを向けていると、すぐそばにいた牛島さんと目が合ってしまった。しかも、こっちに来た(中学生たちと違って息一つ乱れてない)



「すまない。用がなかった」



まあ、男子バレー部希望者を連れてくるのが目的だったんだからその通りなんだけど、ストレートに言葉にするのがすごい。
こっちの選手もすごいのかもしれない。身体能力だけでなく。



「いえ、その、興味深いものが見れてよかったです」

「そうか」


すぐそばで見る牛島選手は、すごくオーラがあった。
遠目で分かっていたけれど、身体がしっかりしていて筋肉もあり姿勢もまっすぐ、スポーツの理想をそのまま体現していた。


ついまじまじと眺めてしまって、相手が不思議そうに見ていることに気づいた。



「なんだ?」

「あ、いや……」


「若利君が連れてきたんだし、元の場所に帰してあげたら?」



説教が終わったらしい天童という人がやってきた。

彼を叱っていたらしい人が暗い表情の中学生たちにオープンデーはまだ続いているからと声をかけていた。
あれは励ましじゃない。この体育館を空けたいだけだ。

横目にその様子を確認しながら、いつまでもここにいても仕方ないので、出ることにした。
本当は一人で元居た場所に戻りたかったけれど、不安もあったので牛島さんと天童さんに甘えることにした。
改めてこの道のりを歩き出すと、結構遠くまで来たように思う。


「あの」


二人がさっきの試合を話しているところに口をはさんだ。



「なんで、あんな試合したんですか?」

「なにがー?」

「あんな、実力差があるのに」

「うん、あれじゃダメだね」

「そうじゃなくて……」


私は、何を言おうとしているんだろう。
あの人たちが可哀そうだった?
『大丈夫、未来があるよ』ってこの人たちから言ってあげて欲しかった?

そんな、偽善めいた事、口にしたくもない。


「……やっぱり、いいです」

「ふーん?」


天童さんはちらりとこっちを見たのがわかったけれど、あえて前を向いたまま歩いた。


「役に立つ人材がいるか確認したかった」


それは、ワンテンポ遅れた質問への解だった。
まさか牛島さんに答えてもらえるとは思わなかった。



「確かめて、どうするんですか」

「使えそうなら早めに声をかけられる」

「声?」

「練習あるからね。できる人ならすぐ混ざってもいいし」

「でも、あんな一方的な試合したら」


バレー、やめたくなっちゃう。

その言葉は飲み込んだ。

脳裏にはあの試合が浮かぶ。北一との試合。日向君の最初で最後の公式戦。



「今この程度でできないなら、この先もないだろう」



最初に質問してきた時と全く同じトーンで牛島さんは言い放った。



「天童の言う“金の卵”がいるなら面白いと思ったが、ここにはいなかった。それだけだ」



わかる。わかるんだけど……

なんで、わたし、こんなもやもやしてんだろ。



「本命はもう監督のところだろうしねー」

「そうなのか」

「うん、どーせ後で会うからいいかと思っただけ」


「い、いま!」

「ん?」

「今、できなくても、これから、できるようになるかもしれなくて。次に会ったときは、もっと上手くなってるかもしれなくて」


だから、そんな言い方しないでほしい。


バカみたいな主張をなぜかしてしまった。

大げさにからかわれるかと思ったけれどそれはなく、表情一つ変えずに頷かれただけだった。
同意ではなく、相槌の。



「次を待つ必要があるなら、うちには必要ないということだ」

「……」

「若利君、これどっち来たの?」

「こっちだ」


黙ってついていく。



「でもさー、この子マネージャーにいいんじゃない?」

「なぜだ」

「初対面なのにこんだけ受け答えできるじゃん。ねえ、名前は?」

「名乗るほどのものじゃないです……」

「ぶ! ほら、面白い」

「そうか?」

「大体うちにいる人たちだとあんな感じじゃん?キャーって」


天童さんが指さした先には見学者なのかこの学校の人なのか、ともかく同じくらいの人たちが嬉しそうに反応していた。



「あなたは全く無反応だよねー」

「そんなことないです」

「さっきの試合見ても顔色一つ変えないし」

「変えてます」

「顔に出ないんだ」

「出すほどすごい試合でした?」


ついムキになってしまうと、何が面白いのか天童さんが笑うので、からかわれていることがよくわかった。



「若利君のすごさわかんないくらいの無知さ、いいじゃん」

「少しはわかります」

「少し!」

「……まるで牛島さんしかすごい人がいないみたいな言い方ですね」


「いるのか?」


純粋な疑問だった。

嫌味でもなく傲慢でもない。本当に、そんな選手が存在するのか。それだけだった。

牛島若利という人だからこそ、許される発言にすら聞こえた。

私は何も言わなかった。
言っても通じると思えなかったから。こんな感情、初めてだ。


「そういえば、バレー部に行くつもりだったんだよね? バレー部員でもないのに何の用だったの?」


もうさっき声をかけられた場所が近かった。



「見てみたかっただけです」



歩幅が違いすぎる人たちを置いていくために駆け足になった。
早口に言った。


「来年、私のすごいと思う人が、倒すかもしれないから」




next.