ハニーチ

スロウ・エール 57




またあさって!!

この声を何度も思い返しては、本当に早く明後日になればいいのにとカレンダーを何度も確かめた。
日向君との約束があると思うと、勉強もがんばれた。

白鳥沢高校の過去問も解いている。

そう簡単に受かる気などしないがチャレンジ校としては申し分ないし、あの第1体育館での出来事だけで受験しないのもおかしな話だ。
受験は受験として割り切ることにした。

烏野の過去問だとか、夏休みの宿題、家庭科部の作品作り、卒業アルバム委員の残りの仕事、他にもいろいろあって気持ちばかりが先走りそうになる。
それでも、誰だって24時間という事実だけは平等だ。前向きに取り組むだけと自分に言い聞かせる。

合間に届く影山君からのメールは、程よい気分転換だった。
主語や目的語がなくて、まず影山君の言わんとしていることを読み解くことから始まる。
なぞなぞみたいだ。
今度、一回会った方がいいかもしれない。顔を合わせればどの程度本当に理解しているかわかるはずだし。


影山君“も”、国語苦手だもんな。


……。


すぐに日向君を連想してしまう自分が、誰も見てないのにはずかしくて、頬を両手で挟んだ。

しっかりするんだ。
今は影山君に返信を返すんだ。

影山君の役に立っているかは相変わらずわからなかったけど、先生には恩がある。
それに、いつか雪が丘中学バレー部の1年生3人が先生に教えを乞うかもわからない。指導者がいれば何をやればいいかわかって、きっともっと楽しくなるはず。
ほんのちょっとでも先輩として役立てる可能性があるならなんでもよかった。

今度、青葉城西高校のも解いてみようかな。そういえば、塾の問題集に過去問が混ざっていたような。


そんな風に参考書を開いて受験生をやりつつ、映画を見に行く当日はものすごく早く目が覚めてしまった。










悩みに悩んで決めた服装は、ワンピース。
ど定番で、外してない、はず。


待ち合わせ場所にとっくについていて、むしろ早く着きすぎてしまって行き場がない。

同じように試写会に行く人たちがいて、朝だというの周辺は混雑していた。
そういえば、何の映画を見に行くかも聞いていない。アニメかな。泉くんがもともと見る予定だったわけだし、なんにせよ楽しめるだろう。

辺りを散歩して日向君が来るのを待つ。大きなショーウィンドウで自分の姿が確認できて、立ち止まった。

この格好でよかったのか。
変じゃないか。
といっても、もう着替えられないけど。

立ち読みした雑誌の中にいる女の子たちは可愛くたってそのファッションを想像の中で着てみても自分と違いすぎて参考にならず、ネットで検索しようにも『中学生 デート 服装』なんてキーワードを打つ勇気が出なかった。

前に水族館に行った時のワンピースも気に入ってたけど、また同じ服と思われてもはずかしい。上下の組み合わせは悩みすぎて結局1枚選べばいいワンピースに決めた。
そもそも覚えてないかもだけど。男の子ってどれくらい女子の服装に興味あるんだろう。
塾に行くだけならこんなに迷わないのに。


さん!!」
「わあっ」


飛び上がるほど驚いて振り向くと、日向君だった。

制服じゃない、日向くん。

知ってるのに知らない人みたいで、なにより鏡代わりにガラス前にいたところを見られてどぎまぎした。


「お、おはよう」

「はよっ、早いね。待ち合わせ場所ってここだっけ?」

「ちっちがう。その、入り口あっち」

「あっちか! おれもさ、こっち来るのはじめてで迷うかと思った」


開場はもうしているから、早歩きで入口へ向かった。
朝の映画は建物自体の営業時間より開始時間が早いから利用できる入り口が限られている。そのせいか、徐々に人の流れができあがって混んでいた。
このエレベーターに乗ればすぐだから、焦る必要はないので、日向君と並んで順番を待つ。


「日向君、なんかすごい汗だね」

「あっごめん!」


日向君は急いでTシャツの裾で汗をぬぐって、カバンからタオルを引っ張り出そうとする。


「いやいいんだけど、もしかして寝坊したとか?」

「じゃなくて、今日は自転車じゃなくて走ってきた!」

「えっ!」

「あ、行こ」


ちょうど空っぽのエレベーターの扉が開く。
係の人が誘導するのに合わせて、日向君の後ろに続いて乗り込んだ。ちょうど壁際だ。

そんなことより、日向君の家から走ってこの映画館のある所まで来れるものなのか。

自分にはない発想すぎて想像すら追いつかない。


「体力つけたくてさっ。朝もすぐ目が覚めちゃったし」

「日向君も?」

さんも?」

「いや、そその、暑くて」

「なーすげー暑い、溶けそうだった。やっぱり自転車の方が楽だね」

「!す、すごい人」

「だね」



エレベーターにどっと人が押し寄せる。そんなに慌てなくても次もすぐエレベーター来るのに。
すごい勢いで人に流される。

日向君、前、近い。

近くて。

すごく、近い。

日向君と向かい合って押されてしまって、謝りたいけど、この混雑ですぐ言葉も出せない。

押さないように下がろうとしたらかえって後ろの人に押されて、もっと距離が近づいた。
視線をそらした。

熱くて、ああ、こんなことなら制汗剤もっとスプレーしとけばよかった。厚着しておけばよかった。ごめん、私いま絶対暑苦しい。


ようやく映画のあるフロアーに到着して、どんどん人が減っていく。

日向君との密着状態が終わって緊張が解けた。

深呼吸して、平常心を保つ。


あれ?



「ひっ、日向くん!」


いない!?と思ったら、まだエレベーターの中にいたから声をかけると、日向君が走ってエレベーターを降りた。
よかった、このまま日向君だけ1階に逆戻りになるところだった。


「すごい人だったよね。みんな同じ映画かな」


満員だったエレベーターが次から次へとくるんだから入り口はすぐまた行列になる。
売店の方は回転率がよさそうだった。
グッズのコーナーもある。

日向君からの返事が全くない。


「日向君?」

「! あ、いいい行こうっ」

「ど、どこに」


私が問いかける前に、すごく早歩きした日向君がすぐまた戻ってきた。
顔真っ赤だ。


「だ、大丈夫? 飲み物、買おっか。ね、暑くてのどかわくし」

「う、うん……」


飲み物を買う順番を待ちながら日向君の様子を伺った。
走ってきたっていうから、熱中症になってる可能性もあるし、密かに心配だ。
かといって、あんまりじっと見てても怪しまれるし、こういう時、ちゃんとした知識があればよかったと思った。
目が合うだけですぐに顔をそらされる。

なんか、悪いことしてしまったようでへこむ。



さん?」


今度は私の方が上の空だった。

日向君がもう映画館に入ろうと試写会のはがきを手にしていた。
混雑も幾分か解消されていた。



「ご、ごめん。ぼんやりしてて」

「いやっ、その、ごっごめん、おれのほうが!」


日向君が何で謝るかわからなかった。


「つい、その……、うん、次は気を付けるから!」

「なにを?」


日向君が固まって、そして顔を背けた。



「い、いろいろ!! 行こうっ」


日向君、怒ってはいない、のかな。

私の前を歩く背中を見つめてついて歩く。

試写会のはがきを渡すときに、『この子と観ます!!』と大きな声で言ってくれたから、嫌われてはいないはずと自分を励ました(でも係の人に笑われてちょっと恥ずかしかった)




next.