ハニーチ

スロウ・エール 60




悪いことは何にもしていないのに、なんで二人でいるところを誰かに見られるとこんなに気まずいんだろう。

それは友人と関向君も同じだったようで、お互い黙ってフリーズしてしまった。

日向君が口火を切って、さっきまでと同じ店内に戻った気がした。


「こっ、コージーに夏目じゃん!!ぐぐぐーぜん!」

「お、おお」

「な、なにしてんの?」

「なにって! なにって、そりゃあ……あ、言っとくけどな、千奈津と俺は別に何にもないからな!」

「あっ、うん」


私達は別に二人がどうのって言ってないけどなと思いつつ、日向君と関向君のやり取りを見守る。


「そ、そういう翔陽はと二人で何して」

「な、なんでもないって!! さんとはその、文化祭の話してただけだし」

「文化祭?」

「そうだよ!今年やっとバレー部になったから文化祭もやんなきゃで」


「ねー、座んない? おなかすいたし、立ったまま恥ずかしいし、こっち空いてるよ」


友人が手にしたお盆をテーブルの上に置いた。
ちょうど関向君たちは4人掛けの席に座るところで、友人曰く、一緒の席に着こうという意図だった。


「そうしよっか。ね?」


さっき友人たちを見かけたときはそっとしたかったが見つかった以上、どうしようもない。
友人の意見に賛同して隣の日向君の様子を伺い、了承が得られてから荷物をまとめた。
二人の邪魔かもしれないが、仕方ない。









どう座るかは一瞬悩んで、でも友人たちが向かい合って座ったから、私は友人の隣に、日向君は関向君の横に座った。
真正面に日向君が座っているとなんとなく落ち着かなくて、少し斜めにして座った。

映画の話で盛り上がる。
二人をさっき映画館で見かけたことはもちろん内緒にして、映画の試写会の話をした。
どうやら友人が試写会に当たったのをすっかり忘れていて、たまたま都合のついた関向君と一緒に行くことにしたらしい。

幼馴染だから急な誘いでも遠慮なく声かけできたと聞くと、そういう関係がちょっとうらやましく感じた。

それを漏らすと、日向君が言った。


さんと夏目って幼馴染じゃないんだ」

「全然。1年の入学式の時に少しなっちゃんと話したのが最初かな」

「じゃない?」

「へー!」

「でもはさ、あれでしょ、バレーの方」


友人が口にしたその単語、なんでもないことのはずなのに、一瞬固まってしまう。

ばつが悪いのは、バレーをずっとやれていなかった日向君に聞かれているからか。


「バレー?」


日向君が不思議そうに聞き返す。
友人が自分が話していいのかという風にこちらを見た気がしたから、軽く頷いた。


って小学校卒業まではずっとバレーチーム入ってたから」

「そうなんだ!!」

「そっち関係なら幼馴染いるんじゃないって思っただけ」


友人の推理はあながち間違っていない。

中学に入る前、たった3年にも満たない過去の事だけど、あの体育館で、あのバレーコートの中のことは鮮明だった。

バレーは一人じゃできない。
それなら、バレーが出来ていたということは、周りには同世代のチームメイトがいたってことで、それは一般的に言えば幼馴染と呼べるはずだった。


「でも今は連絡取ってないよ。住んでるところもバラバラで、同じ学校の人はいないし」

「そうなんだ」

「ずっとバレーやってたんなら、、バレー部入ればよかったのに」


関向くんの言うことはもっともだった。
いちいち心の奥底で反応してしまうけど、日向君にも以前伝えた『他にやりたいことがある』という模範解答を返してやりすごした。

話題は他のことに移っていく。
そのうちに、今回の映画はこのあたりの廃校が使われているらしいと盛り上がって、そこに行こうという話になった(その関係で、試写会の抽選もけっこうやっていたらしい)

ハンバーガーショップを出たのは太陽がまだ高い時間帯、湿度がとても高くて雲が出てきていた。
冷房が効いていた店内と打って変わって気が滅入る暑さは変わらない。

前の方を日向君と関向君が歩いている。


「なっちゃん達って仲いいね」

「なんで?」

「私たちに会わなかったら二人で行く予定だったんでしょ、廃校」


ほんの少し興味はあった。
今日見た映画の舞台がすぐそこなら、どんな感じか覗いてみたい。
主演の二人もかっこよくて可愛かったし。


「行かないよ」

「え」

「せっかくだからさ、少し協力しようかと思って」

「はあ?」


友人がいつも話をするのと変わらないトーンで言う。

廃校に着いたら、また友人と関向君、日向君と私で分かれて回ろうと。そしたら、いい雰囲気になれるかもしれない。


「いや廃校だよ!?」


しかも、この暑さだ。
生徒がいる学校なら冷房の一つくらいついているかもしれないけど、廃校なんだから、当然それもない。
古い校舎なら、荒れ果てている可能性もある。
友人の言う『いい雰囲気』どころじゃない。

友人はその時はさっさと帰ればいいと笑った。


「なんか、遊んでるでしょ?」

「協力だってば。日向と二人きりだったのに声かけちゃったし」


少し申し訳なさそうな様子に、それはこちらも同じだと告げると友人は頭を横に振った。


「私たちはね、たちと違うから」

「なんで?」


幼馴染と映画を見に行くなんて少女漫画のテンプレートみたいな展開だ。
口にはしなかったけど、友人と関向君の映画館を出た時の様子はとってもいい感じだった。
友人は心底呆れた様子で返された。


「ほんっとにない。ありえない」

「ないの?」

「ないね。前にさ、も、繋心さんのこと、彼氏と間違われたことあったじゃん」


そういえば、スポーツ大会の時にそんなこともあった。
従兄に家まで送ってもらった時のやり取りをクラスメイトに見られて彼氏と勘違いされた。


「あんな感じ」

「え、どんな感じ」

「だから、もう男とか女とかじゃないの。家族みたいなもん」

「ああー」


具体的な人物を出されると納得してしまう。

仮に従兄のことでとやかく言う人がいたら、きっと同じような心境になるだろう。
いくら仲が良くても、いわゆる彼氏彼女といった“恋愛”とはまったく異なるのだ。


「男女の友情はないって言う人いるじゃん。雑誌でもさ、ほんとは下心あるみたく」

「まあね」

「あるっつーの!」


友人が勢いよく両腕を空に突き上げるから、同じように体を伸ばした。


「あ、でもTくんとがそうとは言ってないから」


思わず脱力した。


「あのねえ」

「だってさ、私はコージーとくっつきたいって願望ゼロだけど、は違うでしょ?」


くっつきたいかどうか、急にリアルなことを言われて足が止まってしまった。

横断歩道の向こうにいる日向君と関向君がこっちに声をかけてきた。
しまった、もう赤信号だ。

友人が返事をして、私を待つ。

すぐに追いついたけど、問いかけにはすぐ答えられなかった。


「わ、私は別に」

「さっきもさー二人で楽しそうだったしさ」

「なっちゃんたちと同じじゃん!」


信号が変わって日向君たちが近づくから声を落とした。


「大体さ、が話してくれるかと思って黙ってたけど、どうなの?」

「なにが?」

「Tくん、やっぱり違うでしょ? の前だと」


日向君に聞かれたら困るから返事はできなかった。


「夏目、こっちで合ってる?」

「あってる。あと、ひたすら坂上がったところ」

「これあがんのか」

「サッカー部ならいけるって」

「サッカー部関係ないだろ」


友人と関向君が話しながら今度は歩き出す。

となると、私の隣は必然的に日向君だ。

友人との会話を知らない日向君は、やっぱり日向君そのままだ。


「暑いね!!」

「う、うん」


友人の一言でなんだか急に意識してしまう。
いつも通りにしなくちゃ。


「大丈夫?」

「え?」

「お店でもちょっと疲れて見えたから」

「だ、大丈夫! 元気だよっ」


はりきって歩幅を広げて友人たちの後に続いた。



「そんなにさ、今日、弱そうに見える?」


受験生らしい疲れが顔に現れていたとしたら、なんとなく情けなくて頬に手を当てた。

間髪入れずに日向君は言った。


「ううん、可愛いよ!」


かわ、いい。


「い、いや! じゃなくて!!」


あ、じゃなくてね。そりゃね!


「そっそうじゃなくって!! じゃなくて、ご、ごめん」

「い、いいよ。着慣れない服だし」

「水族館の時もこんな感じのだったよ!」

「あ、うん。そうだね」


覚えてて、くれた。


「あ、あのときも思ったけど」

「え、弱そうだった?」

「いや、よわ、弱いじゃなくて、じゃなくてっ」



「二人遅いぞー!」



関向君たちがこちらを振り返っていた。

日向君と目を合わせる。


「ダッシュ、しよっか」

「だね!」


熱いコンクリートの坂を走り出した。
日向君の背中がずっと離れていかなかったのは、やっぱりこちらを気にしてくれているからなのか。優しいだけなのかわからない。




next.