ハニーチ

スロウ・エール 63





なぜかバレーをしたくなったのは、やっぱり日向君だろう。
ただの友達と思えば胸が痛むのは“好き”だからだ。
友人の前では『なんでもない』と突っぱねてみても本心じゃない。
だからこそ、なのか、ライバル(と言っていいかわからないけれど)のバレーについてふと向き合いたくなったのだ。

といっても従兄たちの練習にあのお盆のころのように混ざることはない。そもそも社会人の男性に混ざってできるものじゃない。
かといって同学年の3年生がすでに引退している学校の女子バレー部に混ざるのもおかしい。
せいぜい祖父の家の小学生や女子大生の人たちに混ざって練習するくらいだ。
退院した祖父の様子も確認できるし、受験勉強に向けた体力作りにもある。親も小学校以来のバレー再開に特に反対はしなかった。そもそも興味ないかもしれないけど。


「スペシャルアタックー!!」

「おおーすごいね」

「あー!」
ちゃんすげー!スペシャルアタック拾ったー!」


小学生って元気有り余ってるなあと思いつつ、ボールを受けると当然だがさほどの痛みはなく上げることが出来た。


ちゃんチェンジ!チェンジ!」

「はいはい」


縁側で待機していた男の子とポジションを代わる。
さすがに小学生相手のバレーでは、中学生としての威厳を保てた。

汗をかいたペットボトルから生温い麦茶で喉を潤す。練習自体はとうに終わって今はミニゲームの最中だ。
私の視線に気づいた祖父が畑から立ち上がった。




「いま行く!」


畑を手伝ってほしい、という合図だ。

バレーの練習に混ぜてもらうお礼といってはなんだけど、畑仕事にちょくちょくと入った。
虫刺されに気を付けてスプレーをかける。
祖父にも吹きかけると、何をするんだと言われたけど、祖父自身はやらないから私がやってあげないと。
異常気象からの晴天続きで乾いた畑に水を撒いていると、やっぱり足を数か所刺されて薬を拝借した。




「なに?」

「焼けたな」

「えっ」


薬を片付けてから急いで鏡を見るとやっぱり日に焼けていた。
日焼け止めを必死に塗っていた私を知っているから、祖父はにかっと清々しく笑った。
もう、今日はみんなに付き合いすぎた。


「レシーブ、だいぶましになったぞ」

「ほんと?」

「前には及ばないけどな」

「うそでしょ」


ここで言う『前』とは、小学校6年生の時のことだ。
そこまで下手になっていたのかとショックを受けつつ、やってもいないのに技術が上がる訳ないと納得した。

日を重ねるごとに昔を思い出して、やっぱりあの頃の自分じゃないことを実感した。


「おじいちゃんは、さ」

「ん?」


なんで、バレーを続けてるの。


どうしてやめないの。



もし、明日で世界が終わっちゃうなら、それでもやっぱりバレーをするの?



聞きたくなったのに、太陽の光の加減かいつもよりくたびれてみえた祖父に言えなくなって、なんでもないとごまかした。









「おはよー」

「なっちゃん、おはよう」


夏休みってあんなに長いと思っていたのにもう終わりが見えるんだろう。
前日までは憂鬱だったけど、いざ学校に来てみればみんなに会えるのは楽しかった。


「はよ」

「おはよ、遠野」
「遠野くん、おはよう」


こんな時間に彼が登校してくるのも珍しい。
サッカー部は朝練があるのに、と思ったところで、もう彼も部活を引退しているのかと悟った。
足の速さが違うのか遠野君の背中はもう遠い。


「遠野、すごく黒いね」

「ねー」

も焼けてるけど」

「えっ、や、やっぱり」

「海でも行ったの?」

「行ってないよ」


バレーを祖父の家でやり始めたことを友人に話した。受験生の運動不足解消だと言いつくろった。


「バレー?」


この、弾むような元気な声は。


「お、お、はよ」

「おはよう、さん、夏目」


日向君は自転車にまたがったままこがずに私達の歩みに合わせた。


「日向もすっごく焼けてんね」

「そう?」

「ねえ、。日向の方が全然黒いって」


友人がわざと話を振っているのがわかった。
こっちはあの映画の日から久しぶりに顔を合わせるから、なんとなく上手く反応できない。

日向君の腕が私の腕の横に差し出された。


さん、すげー白いよ!」

「あ、うん」


確かに日向君の腕を比べると幾分か私の方が白く見えた。
すぐに日向君との間をあけてしまった。
日向君は特に気にしてなさそうだった。


「翔ちゃーーん!!」

「おーー!」


先を歩いていた男子の集団に呼ばれて、短く挨拶してくれてから日向君は自転車をこいだ。
あっという間だ。
カンカン照りの太陽の光をまっすぐに浴びた気分だ。


「なっちゃん」

「ついてるじゃん」

「どこが!?」

「話しかけられたから」

「あのねえ」


そうこうする内に校舎に入ってチャイムが鳴る前に教室へと向かった。









「きりーーーつ、れい」



椅子を一斉に引いて立ち上がり、また同じように全員が席に着いた。

ショートホームルームを終えると、グラウンドに整列してクラスごとに移動する。
毎年恒例の流れで集会もすぐに終わり、残り少ない夏休みを有意義に使うようにと決まり切った話をしてもらって、あっという間に掃除の時間になった。


さん!」


掃除当番だったから自然と顔も合わせないだろうと思っていたのに日向君が真っ直ぐに話しかけてきた。
外に設置されたゴミ箱の前だった。
中途半端に持ち上げていたごみ袋を中に入れながら、戸惑いつつもやっぱり嬉しく思ってしまう自分がいると自覚した。


「どうしたの?」

さん、昼は?」


今日は午前だけだから帰れるが、午後に影山君と会う約束をしていたから、食堂でお昼ご飯にするつもりだった。

そのまま伝えながら校舎に入った。


「一緒に食べていい!?」


日向君はこちらの胸の内なんてさっぱり気づかずに簡単に誘ってくれる。

うれしい、けど、同時に単なるクラスメイトだと自覚してしまう。


「あ、うん」

「夏目も一緒だよね?」

「いや、私だけなんだ。なっちゃん、親戚の家に行くみたいでもう帰ってて……なんか、ごめんね」

「なんで?」

「私だけだから」

「ううん! さんと食べたかったからっ」


そうまっすぐに言葉を返されるとどんな顔をすればいいのか困ってしまう。

幸い教室に着いたから、自分の荷物を取りに日向君も離れてくれたからよかった。
ただのクラスメイトってけっこう過酷だ。


「翔陽、帰ろうぜー」

「おれ、もうちょっと学校にいる!」

「なんだよ、勉強すんのか?」

「それもあるけどバレー部!!」


同じ教室内にいれば否応なく日向君の声は耳に届く。
そっか、文化祭の出し物か。
納得してバレーの応援をすると心に決めたことを思い出して、調子を取り戻せそうだった。

ほら、荷物を持って同級生とただご飯を食べるだけだ。


さん行こう!!」


よく通る声だ。

私の目には日向君だけスポットライトを浴びているように見えた。
荷物を掴み損ねた。
心の中で降参した。

だって、やっぱり、すき、だ。




next.