ハニーチ

スロウ・エール 67





「どうしたの?」


青ざめた顔の友達は一人だけだ。
一緒にいるはずだった子の姿はない。

彼女が言うには、この人ごみで熱中症になってしまったとのことだった。


「で、美奈は、今どこにいるの?」

「さっき係の人が休憩室に連れてってくれて。さっき、携帯電池切れちゃったから千奈津たちに連絡できなくて」


話している子の方が泣き出しそうだった。


「落ちついて。休憩室にいるんならちょっと行ってこようよ。はここで場所取りしてて」


本当は私も一緒に行きたかったが、二人がわざわざ場所取りしてくれたこの場所を無駄にするのは惜しいということで納得した。
幸い、私も友人も携帯はあるから連絡は取れる。


「じゃあ、行ってくる」

「あ、待って。なっちゃんたち、これ持っていきなよ。二人が熱中症になっちゃう」


冷えたラムネ、ぬるくなってるかもだけど。
もしかしたら美奈ちゃんも元気を取り戻してたこ焼きやかき氷を食べられるかもしれない。

3人分の食べ物と飲み物を持ちやすいように手渡した。


「気を付けてっ」


二人ともそれぞれに似合った浴衣で、その後ろ姿もすぐに人混みで紛れてしまった。

4人座るにはちょうどいいビニールシートの席、周囲も同じように場所取りしてわいわいと賑わっているのに、自分のそばにあるのは、1本のラムネと、焼きそばと、もうかなり溶けてしまったかき氷。

花火まではまだ時間があった。

ずっと友達の心配をしてぼんやりと景色を眺めていたが、夕方であってもかなりの暑さがあって、気分が朦朧としてくる。
自分もかき氷を口にした。
溶けてしまっても冷えた氷は頭にガンと響く。

二人もかき氷を食べているだろうか。
美奈ちゃんも熱中症は大丈夫だろうか。
浴衣はそれなりに暑い。もしかして、そのせいもあったんだろうか。

周囲は更に人が増えてきていた。

友人から連絡もない。



「あーーーー!」



聞き覚えのある声だった。



!」

「夏ちゃん!」


走って飛び込んできてくれたから思わず抱きしめてしまった。

同じように浴衣を着ているのに、夏ちゃんはとても俊敏に動いていたのはすごい。

この満面の笑みをみると、強張った心が一瞬でほぐれてしまった。


「あれ、夏ちゃん、一人?」

「んーん!」


どきり、まさかと思って顔を上げた。


「あら、ちゃん!」

「こっこんばんは」

「浴衣ー、いいわね、やっぱり女の子は」


日向君のお母さん、まさかこんなところで会うなんて。

けっこう離れた位置にいたはずの夏ちゃんが私に気づいて駆けだしたらしく慌てて追っかけてきたとのことだった。
この子は目がいいというが、日向君といい、この兄弟は身体能力がすごいのかもしれない。

夏ちゃんがサンダルでシートの上に上がってしまったのをお母さんは気にされたが、そんなのどうでもよかった。
脱ぎ直して夏ちゃんがとなりに座る。


「ここで花火見ていー?」

「こら、夏!」

「あ、いやっ」


日向くんのお母さんは邪魔しちゃ悪いというが、私の方は問題なかった。
まだ3人が戻ってくる気配もない。携帯はうんともすんとも言わない。

事情を話すと、少しだけという約束で夏ちゃんはここに座ることになった。
なんでも夕飯だけ食べて、知り合いの家から花火を見るらしい。それはちょっとうらやましい。


「よかったらちゃんも来たら?ここ暑いでしょ」

「あっ、でも友達待ってなきゃなので」


ちょっとだけでも誰かと入れるとほっとする。
周りが楽しそうなだけに、少しだけ心細かった。友人たちのことを考えるとそうも言ってられないが。


「ともかくすぐ戻るから。夏、いい子でね!」

「はーい!」


日向君のお母さんもこれだけの人混みに負けずパワフルに姿を消してしまった。
みんな、すごいな。
座っているだけの私の方が負けてしまいそうだ。ともかく、暑い。

ふと、風が顔をなぜる。


「だいじょーぶ?」


夏ちゃんが小さな扇風機の風を当ててくれていた。


「ありがと、夏ちゃん」

「んっ」

「あ、おなかすいた?」


そのままになっていたたこ焼きを取り出した。
おなかがすいていたらしい夏ちゃんに一つ差し出すと、元気よくパクリと食べてくれた。


「ほっぺたにソースついちゃったよ」

、うち来ないの?」


夏ちゃんに当てていたティッシュの動きがついとまってしまった。
確かに前に『また遊びに行く』と約束していた。


「えっと、ごめんね、時間が合わなくて」

「にーちゃん?」


さらにわかりやすく言葉を失ってしまった。

顔を覗き込まれると、この純真な眼差しにすべて見抜かれそうだった。

ウソをつきたくなかった。
本当のことも言えそうにない。


「にーちゃんに『は?』って聞いたら、『それどころじゃない』って」


それどころじゃ、ない。


受験生だもんね。そりゃそうだよ。

って、夏ちゃんの話を真に受けてもしょうがない。



「ほ、ほら、夏ちゃん。たこ焼きもう一個食べる?」

「食べるっ」


心底おいしそうに頬張る姿に日向君を思い起こしつつ、そのあとやってきた日向君のお母さんが夏ちゃんを連れて行ったあと、ようやく友人から電話が入った。
声がけっこう途切れ途切れで、電波の調子が良くないことがよくわかった。



「え、来れないの?

いや、全然いいよ!
むしろ美奈ちゃん、そんな状態で花火どころじゃないし。

うん、


うん、


うん、


いい。いいって。しょうがないよ、これだけ混んでるから。仕方ないって。


大丈夫、一人で片づけられるから。

いや、一人でいけるってば。うん、じゃ、シートは学校で渡すから。


いいってば、謝んないで。ほんと大丈夫だから。そっち気を付けて。あ、二人もほんと暑さ気を付けて!うん、じゃあ、ね!


えっ、なに。


第二会場?あ、そっちにいるんだ。

いいってば、なっちゃん。そんなの今いいから本当、


え、けーちゃんも?ってそっか、確か手伝いに行くとか言ってた気がする。


うん、じゃあ」



携帯を切って一息つく。

空はまだ明るい。

花火はまだ。

このシートには、私だけ。



変な、中学最後の夏。





美奈ちゃんが大事にならなくてよかった。

なっちゃん達も大丈夫って言ってたし。

一緒の花火見れないのは残念だけど、しょうがない。


みんなに気を遣わせる方がやだから、見ていこう。ひとりでも、花火。


アナウンスが聞こえる。

入場制限も始まったって。


凄い人。



アキちゃんたちは、第二会場にいる。

こっちは第一だから、日向君ともきっと会わない。

って来てるのかわからないけど。

来て、ないのかな。

それとも、夏ちゃんと知り合いのおうちから見てるのかな。






考えないようにしてたけど、




やっぱり、








会いたいな。








花火が、打ちあがった。






開始の合図のように大きな花火が打ちあがる。

こうやって場所取りした場所で見ると迫力が違うかも。
そりゃ有料席とは違うけど、すごく近くに感じる。わ、今の、今のはすごかった。写真、写真撮ろうかな。カメラ、カメラにして。

あ、でも、目で見た方がいい。

どん、どん、どん、連続で花火が打ちあがってく。


ひゅ~~~~ って、長い音、沈黙、きらめく大きな光の華、散り散りに光ってはじけて夜が一瞬だけ消える。
迫力の炎、色とりどりの星がはじけ飛ぶみたい。
暑い風が吹いたけど、そんなの忘れる。

歓声が上がった。拍手も。


次は音楽とのコラボレーション、夏らしい楽曲が流れて、合わせて下から噴き出す火花に、絶え間なく花開く閃光、まるで大爆発みたいな、夏の風物詩。


どこからか声が聞こえた。


たーまやー


ちらほらと同じように声が聞こえる。聞こえた。

一段と大きな花火が打ちあがった。

これだけ眩しいと昼間みたい。目が覚める。


ぼんやりとした意識が鮮明になる。



最後の夏だ。



心から、体の奥から、何か、はじけだしたかった。












「たーまやーーー!」












すぐに、打ち上げ花火の音に声はかき消された。

きれい、きれいだ、花火。



がやがやした周囲も、ざわめきもすべてが気にならなかった。




「ここ、いい?」


返事を待たずに腰を下ろしたその人が日向君だと気付いたのは、次の花火が上がってからだった。




next.