ハニーチ

スロウ・エール 70




翌朝、眠気眼をこすってみても、一向にこの睡魔はどこかに行ってくれはしなかった。
従兄が家まで送ってくれたからまだ楽だったけど、浴衣で暑い中ずっと地面に座っているだけでも体力を使った気がする。
いや、むしろ、それどころじゃなかったせいだ。



、聞いてんのか!?』

『き、聞いてるってば。心配かけてごめんなさいっ』

『たく。本当に一緒だった子、送らなくて大丈夫だったのか?』


大きな声で驚いてしまうと、運転席の従兄までびっくりさせてしまった。


『な、なんだ、急に』

『あ、いや、うん。あ、あの子は、か、家族の人とすぐ会うって言ってたから。浴衣じゃなかったし、足早いし、大丈夫』

『足の速さはいいが、ご家族がいるなら、まあ……』


従兄は、一緒にいた人物を女友達と思っているらしかった。
というのも、車に乗っていた従兄からは、電灯の明かりでちょうど私まではわかったものの、一緒にいる人影の顔までは見えなかったらしい(よかった)
背丈から友達だろうと推察して、会話が終わるまで待っててくれたそうだ。
いつまでも帰らない母親から連絡を受けて周辺を探してくれて、友達といたいだろう気持ちを察してくれるなんて、すごくありがたい。
でも、もうちょっと待っててくれてもよかった、のに。

クラクションが遮ったあの瞬間に、もうちょっとだけいたかった。

夜の道路をあっという間に走り去った日向君の後ろ姿を思い出す。


家に帰ると従兄の時と同じように連絡もしないで遅くなったことを怒られた。
へとへとな状態で、新学期の準備をなんとかしてベッドに入る。きちんと用意できたか自信はなかった。
ずっと思い出していた、日向君のこと。
あの時の、こと。




っちーーー!」


チャイムが鳴るちょっと前に早歩きで教室に入ると、昨日熱中症と聞いていた友達が元気そうに声をかけてきて安心した。
昨日のことを何度も謝られた。埋め合わせさせてほしいと繰り返されるのを断りながら、空いたままの日向君の席が気になった。


「おい、日向!なにやってんだよ!」


チャイムが鳴ると同時にやってきた日向君の足下は、来賓用のスリッパだった。


「だーせっ、上履き忘れてる」
「う、うるさいな!」


目が合った。


「おっおはよう、、さん!」

「お、おはよ、日向君」


なんだか、お互いに肩の力が入ってしまっていた。

笑顔、堅かった。

私も?
まさか。

いつも、通りだ。


平常心、平常心。


先生が入ってくると、途端に学校のいつもの感じを思い出した。

ホームルーム、先生の挨拶、プリントの受け取り、新学期最初の朝礼のために校庭に向かう。
夏休み明けで話が盛り上がる中、つい日向君を目で追ってしまった。
といっても、日向君は男子に囲まれているから、見ようと思っても視界に入らないことが多い。
唯一、ちゃんと見れたのは、校長先生の長い話の最中に、ゆらっ、ゆらっと左右に揺れている後頭部くらいだ(そして、先生に注意されていた)。

日向君、も、眠れなかったのかな。

あくびを噛みしめて、早く校長の話が終わらないかなと空を見上げる。
太陽は夏休みの終わりなど関係ないようで、夏真っ盛りと同じくじりじり私達を照りつけた。



「はーい、ラスト席替えを今日しまーす」


恒例の席替えタイム、これで卒業式までの座席が決まる。
けっこう重要なイベントだ。


「っと、いつもならくじ引きだけどね。中学最後だから、自由に決めてオッケー!」


教室がどっと盛り上がる。

自由って、あの自由だ。


「ただし、決まらないのも困るから男女バランスよく5、6人の班になること。ブロックごとにどこに座るかはくじで決める」


えーーっと声が上がると、だったら全員くじ引きにすると担任の先生が切り返す。
文句を言う人もいなくなる。
だって、好きな人同士で座れる方が誰だってうれしい。


「じゃあ、まずグループ作って。はいっ」


先生が合図で手を叩いた。
一斉にみんな動き出す。

周りにつられて、席から立った。

日向君、目が合った。




す わ ろ



日向君の口が、そう動いて見えた。



えっ



声に出せばいいのに、なぜか出さなかった。

日向君がもう一度口パクで何か言っている。

えっと、なんて言ってるんだろう。



っ、何やってんの」

「なっちゃんっ、いやっ、あのねっ」

「え? ああ、いいじゃん、一緒になっちゃえば。 日向ー」


友人が声をかけて、日向君と、なっちゃんと、私が一つの班になる。
そこに、関向くんと、泉くんで、5人だ。

日向君とはなんだかうまく話せない。
けど、この話せない状況をクラスの誰にも知られたくなかった。

担任がクラスの席の枠を書き終えて番号を振り、代表者がくじを引くように言った。


「千奈津、行け」

「え? コージー、最初はぐっ、じゃんけーんぽん!」

「ぐ!」

「はい、コージーの勝ち。いってらっしゃい」

「しゃあねーなあ」


グループの代表一人が黒板前の教卓に置かれたくじを引く。

関向くんの引いたくじで場所が決まる。
一番後ろの奥の5つの席だ。

決まったら、班のメンバーと話して、どこに座るかを決めて黒板に名字を書く。

私達のグループは面倒回避のためのあみだくじだ。
ルーズリーフに全員で適当に線を書き足した。

どこにしよう。一つに苗字を書く。

紙をめくる。

私の、席は。





「よ、よろしく!」

「う、ん」


たまたま、たまたまのはず、だ。
5人であみだくじして決めたんだし、日向君の隣にしたいからした訳じゃない。

あ、黒板に名前書かなきゃ。


「お、おれ、書いてくるからっ」

「あ、ありがと」

「日向、私の分も」
「俺のも!」
「翔ちゃん頼んだ!」

「~~~~ま、任せとけ!」


友人が前の席の椅子を傾けて、私の机にくっつける。
面白そうに呟いた。


「絶対、にだけいいかっこしようとしてたな」

「そ、んなことないよ」


戻ってきた日向君と、また目が合った。

日向君が思いきり泉君の座っていた机を蹴飛ばした。


「だ、大丈夫、翔ちゃん!?」

「ごっごめん、イズミン!」

「いいけどさ。今日スリッパだし、校長の話でも寝てたし、大丈夫?」

「だっだいじょぶ、だいじょーぶ」


といいつつ、日向君は椅子に座るとため息をついて机に突っ伏した。

一番後ろの一番隅っこが私で、そのとなりが日向君。


急に日向君が顔を上げたからびっくりした。


「なんか、久しぶりな気がする」

「な、なにが?」

さんととなりの席」

「そう、だね」


中学2年の春以来、か。

学校で隣になるのは確かに久しぶりだ。昨日の花火大会は、その、隣同士だった、けど。

一人思い出して気恥ずかしくなる。日向君はどうなんだろうか。

目が、また合ってしまった。


「「……」」


、プリント」

「あ、うん!」


2枚のプリントを受け取って、もう一枚を隣の席の日向君に差し出した。


「こ、これ、日向君の」

「ありがと」


ぎこちなく、前を向き直す。

隣でいることなんて、別に珍しくもないはずなのに。

前と同じで、前と違う距離。

あの時とは、また何かが違っていた。
なにが、どうと、はっきり説明できないんだけど、胸に芽生えたナニか。

卒業まで、よろしくお願いします。
先生の話を聞きながら、心の中で呟いた。



next.