日向君に好きだと言ってもらえた。
同じ気持ちだと伝えられた。
うれしくて眠れない、そう思ったし、実際ベッドでバタバタしていたけど、気づけば電気も消さずに眠りに落ちていた。
そういうところがなんだか現実っぽいなと一人真夜中に思った。
電気を消してまた眠る。
こういう時って変な夢を見やすい。起きた瞬間に忘れたけど。
日向君の夢だったのか、それとも違ったのか。
次の日の朝、日向君とのことは全部夢だったんじゃないかという気もしつつ、通学路のバスに揺られた。
頭に入ってこない英単語帳を眺めて学校に着く。
つい日向君の下駄箱を見てしまった。
上履きも外履きも入っていないから、まだ来ていない。
少しだけ胸がくすぐったくなる。
両想い……、なんだよ、な。
確かめるように昨日握りしめた方の手を見つめた。あの感触、思い出せそうでもう思い出せない。
教室に入って昨日決まったばかりの席に着く。
隣はまだいないとわかっているし、私たちの変化なんてクラスの誰もが知らないのに、英単語帳とにらめっこしていつも通りを装った。
日向君、どんな感じかな。
早く来ないかな。
さんはもう勉強してえらいねと泉君に声をかけられると無駄に焦って単語帳を落としかけた。続けて、日向君が登校してこないことを話した。
「た、確かに、日向くん遅いよね」
「翔ちゃん、上履きまた忘れて取りに戻ったとか」
「え、それは」
ないんじゃないか、
そう続けようとしたとき、まるで昨日みたく滑り込みで日向君が教室に飛び込んできた。
「お、日向だ」
クラスメイトの誰かの声が聞こえ、同時にチャイムが鳴る。
先生はまだだ。
密かに緊張する。
「はー、間に合った!」
「翔ちゃん連続ギリギリは珍しいね」
「上履き忘れて取りに戻った」
「マジか、翔陽。昨日、あんだけ忘れないって言ってたくせに」
「いや、昨日は!!」
日向君がこちらを見た。
「き、昨日はっ……昨日、うん」
「昨日がなんだよ」
「い、いろいろあったから」
「何が?テレビ見すぎ?」
「ちがくてっ」
日向君がもごもごと言いよどむ合間に、チラチラと私を見るから、それは、その、原因は、その、二人で話したことなんじゃないかと予想がついてなんだかいたたまれなくなった。
ご、ごめん、なんか。
先生がやってきたから、日向君の“いろいろ”が何であるかまでは説明されることはなくて安心した。
なんだか、そわそわする。
隣が、気になる。
日向君はいつも通りな気がする。私ばっかり舞い上がってる。
もう夏休みが終わればこれまで通りの学校だ。変わらない日常生活なのに、昨日と今日じゃ全然違う。
「さん」
日向君に呼ばれるだけで、大げさに肩が上がってしまった。
「な、なに?」
「あっ、えっと」
日向君が顔を背ける。
筆箱とノートと教科書を腕に抱えて、続きを待つ。
「お二人さん、次は理科室だよ。行かないの?」
「いっ行くよ。日向君も行こう」
「う、うん」
友人と私と日向君、三人で並んで理科室に向かっていたけど、結局、他の男子に声をかけられて日向君はそっちに行ってしまった。
話、なんだったんだろう。
「さ」
「ん?
「またT君に何か言われた?」
まさか昨日のことがもう友人に伝わってしまったのか。
そう身構えたものの、日向君が映画の時と変わらず話しかけている様子と私の態度に何かを感じ取っただけらしい。
そういえば友人には映画の時の事を話しただけで、花火大会でのことも昨日の事も全部話せてなかった。
むしろ、どう話せばいいんだろう。
花火大会の日は一人でも花火を楽しんでと電話で言われたものの、実際に日向君と二人で過ごしたなんてとても言いづらい。
でも花火大会のことがあったから昨日があったわけだし、しかも、最後に友人に話してから日向君との関係はすっかりまた変わっている。
「何かを言われたと言えば、そうなんだけど」
「いいよ、無理して言わなくて」
どう説明したものかと悩んでいるうちに、もし困ったことがあれば力になるからと肩に手を置かれた。
もう理科室に着いてしまって、これ以上話せそうにない。
席について、そういえばマッチを返さなきゃと思い出した。あれだけ返そうと思っていたのに、他の事がすぐ割り込む。
プリントを受け取る時も、理科の実験をする時も、つい日向君を目で追っていた。
*
結局、昨日のことは話せず、つまりは日向君とのことは友人にも話せないままだった。
掃除当番の時がチャンスかもとドキドキしたけど、今日は昨日と違って男子と女子で分かれず、なぜか泉君と私、関向君と日向君と友人の分かれ方になった。
あっち、かなり楽しそうだった。
「さーん?」
「ご、ごめん、泉君。もうちょっとまとめるっ」
ほうきをせっせと動かし、ちりとりをやってくれている泉君の前に枝やら葉っぱを集めた。
「そんなはりきらなくても」
「そっそうだね」
小ぼうきで泉君がゴミを払った。
「これでいっか」
「だね!」
「あっちの翔ちゃん達、すごいね」
ふと昨日の掃除の時間を思い出す。
「昨日の泉君たちもけっこう楽しそうだったけど」
「き、昨日は、あ、聞こえてた?」
泉君が慌てた様子で尋ねてきたけど、残念ながらそこそこ距離はあるので聞こえるはずもない。
そう答えると泉君は安心した様子だった。
「何話してたの?」
「いやー、うん、全然大したことじゃないよ。そ、それより、昨日」
掃除当番の後のことを聞かれるかと身構えたところで、日向君たちから声がかかった。
人知れず胸をなでおろす。
「じゃ、ゴミ捨てじゃんけんしよ」
「いいよ、はもうやったから私やる」
「俺らは?」
「明日からは名前順でいいんじゃない? 泉、関向、日向で」
その意見に全員が賛成して、掃除当番が終わった。
ゴミ袋を持つ友人に付き合おうかと声をかけたけど、大丈夫と一言返されて教室に戻る。
「さんっ」
「なに?」
さすがに今度は日向君に声をかけられても動揺しなかった。
「このあとさ、図書室行かない?」
日向君と、図書室。
少しだけ意外に思えたけど、夏休み中も何度か一緒に行ったことがあったので、すんなりとOKを出せた。
もともと自習するつもりだったのもある。
来週はテストだ。浮かれてる場合じゃない。
「翔陽、まさか勉強すんのか?」
「おう、おれだってテスト勉強くらいするっ!」
「すぐ寝るだろ」
「ねっ寝るときもあるけど!」
「こないだも盛大に寝てただろ」
「失礼だな! コージーだってこないだ寝てんの見たからな!」
「二人とも、さん呆れてるよ」
「いや、そんなことは!」
いきなり泉君に話を振られて反応に困りつつ、関向君たちの会話を聞きつつ教室に向かった。
*
「……」
教室に一端戻ってからやってきた図書館、席について20分くらいだろうか。
隣に座る日向君はノートと教科書を広げたままテーブルに撃沈していた。
いびきはかいていないので、図書委員の人たちから目はつけられていない。
関向くんの予想、当たってる。
起こそうかと少し迷ったけど熟睡してるみたいだし、自分のことに集中することにした。
今日こうやっていつも通りを過ごしてみると、昨日の出来事があってもちゃんとこれまでの自分をやれていてよかった。
“さんのこと、ほんとにすきだから”
思い返すとなんとも言えないけど、意識しなければ平気だ。うん、大丈夫。
「」
シャー芯、折れた。
それは寝言だった。
机に向かう姿勢は崩さないように意識して、視線だけで誰にも今のが聞かれていないことを確認した。
幸い、まだそんなに人はいない。
誰もこっちを見ていない。
よかった、
うん、……起こそう!!
「ひ、なたくん。日向君」
肩を揺さぶると日向君がふあっと寝ぼけた声を漏らして顔を上げた。
ごめん、ごめんね、なんか。
この図書室でこんなに焦ったのは今が初めてかもしれない。
next.