ハニーチ

スロウ・エール 76




『前に貸してもらった歌の人、テレビで出てたよ』

『見てた!!かっこよかった!!
 新しいのあるけど聞く!?』
 
『ありがとう!聞きたいな(*^_^*)』

『明日持ってくね!』
さんからメール来て嬉しかった!ありがとう!!』

『こっちこそありがとう!』


これ以上やりとりすると携帯を手放せなくなりそうなので、電源を落とした。







「あ!!」
「あ!」


翌朝、下駄箱前でばったりと日向君に会った。

自習しようと昨日よりずっと早く起きたつもりだったのに。
学校からの距離を考えると日向君は一体何時に起きたんだろう。

日向君はもう上履きで鞄もなかったから、教室に行った後だと思われた。


「おはよう、さんっ。あっ持ってくる?」

「なにを?」

「昨日メールで話したやつ」

「ああ! うんっ、ううん、いいよ、後で教室で」

「わかった!」


日向君の手の中に視線をやると、その中にあった物を見せてくれた。

それは体育館の鍵だった。

これから日向君が何をするかわかった。日向君が嬉しそうに笑うから、それにつられた。


「部活禁止じゃなかったっけ?」

「先生に頼んだ!」


よく体育館の利用許可を出してくれたなと思ったら、先生いわく、日向はバレーがあるから勉強できてる、とのことらしい。

実際、夏休みの時のがんばりを見ても、烏野高校入学という目標が日向君を引っ張り上げているようにも見えた。
とはいえ、時間厳守を言い渡されたらしい。


「だったら、早く行った方がいいよ。貴重な練習時間だし」


それに、一緒にいるとついもっと話していたくなる。
私だって進んでいないテスト勉強に手をつけないといけない。


「あ、あのさ!」


日向君が体育館の鍵をポケットにしまった。


「一個、いい?」

「うん?」

「あのさ……」


トスだろうか。

最後にトスを上げた時のことが脳裏をよぎった。
同時に、日向君の腕を振り払ったときのことも思い出されて身構えた。

まだあの記憶を過去にできる自信はなかった。色んな事があったのに。



「が、がんばってって、言って、もらっても……いい?」


予想外のお願いだ。
拍子抜けしつつ、頼まれたとおり、言葉にした。



「……さん、ありがとう!」

「これでよかったの?」

「うん、よかったっ。また後でね!」



日向君が颯爽とその場を立ち去った。

廊下、あんなに全速力で走ると怒られるんじゃ。
この“がんばって”に、なにか意味があるのか。
トス、あげたほうがよかったのか。

結局、自習室に向かうまでも日向君のことで頭がいっぱいで、いつもより集中力が散漫になっていることが問題の進み具合でよくわかった。

非常にまずい事態だ。










授業の合間の休み時間、日向君は袋に入った何かを私の方に差し出した。
言葉にせずとも中身はわかる。
ビニール越しに触れただけで、中に入っているプラスチックケースがCDだとわかっていた。それも数枚。


「あれ、新しいの以外ももしかして入ってる?」

「前にさ、貸すって言ってたやつも入れた! やっと返してもらえたから」

「ずっと返ってこないって言ってたやつか」

「そう!! 夏休みに返してもらってさ、ずっとさんに貸そうって考えてた」


そんな話をしつつ、学校にCDは持ってきちゃダメなので、こわさないように注意しつつ、カバンの奥にしまいこんだ。

何のやり取りをしているのかと友人の好奇の眼差しを感じて、小声で、日向君にCDを借りたと答えた。









授業中にある小テスト、クラス分けの教科じゃない場合は当然となりの席の人と丸付けをする。


さん、いっぱい書かせてごめん」

「何が?」

「おれ、全問、まちがえたから……」


バツ印と一緒に正解の解答を赤文字で書き記す。




「おれはマルしか書いてないのに。さんほんとにすげーっ」

「大げさだよ。はい、プリント」

「んっ」


2枚のプリントが机の間を行き来した。







日向君がとなりの席。

それは嬉しくて、やっぱりどこか浮かれて、授業中もつい日向君が気になった。
2年生の時はここまでじゃなかったのに。

やっぱり告白のせいなのか。そうなのかな。


こんな状態で、人に勉強を教えている場合なんだろうか。


放課後、バスに揺られながら自問自答した。

今日は、影山飛雄くんに勉強を教える日だった。

向こうもテスト前らしく、本当はわざわざ会って勉強しなくてもいいんじゃと思ったけど、影山君からは時間の連絡があったから行くことにした。
それに、この間、涙を見せてしまった負い目もある。
日向君のことでいっぱいいっぱいだったとはいえ、あんなところを見られてしまって、挙げ句タオルももらってしまったし、これは役目を果たす他ない。

何度も足を運んだ体育館、いつの間にか定位置となっているフリースペースのテーブルの一つに荷物を置いた。
周りを確認したけど、影山君はまだ来ていないようだった。

と思うと、携帯に短いメッセージ(『遅れる』の一言)が届いた。

珍しいことでもないので、自分の勉強道具を引っ張り出す。

そういえば、影山君には彼女はいるんだろうか。
もしいたら、こういうふわふわとしたどうにもならない気持ちへの対処を聞いてみたかった。

そこまで考えてから、はたと、自分は日向のくんのか、か、彼女と思っていいのかという疑問にたどり着いた。

だって、その、付き合おうって言ったわけでも言われたわけでもない。
す、好きとは聞いた、けど、それで付き合ってることになるんだろうか。どうなんだろう。


「すみません」

「はい!」

「彼女さんですよね?」

「はい!?」


心を見透かされたのかと思った。

座ったまま相手を確認すると、同い年くらいの男子だった。
そばには同じくらいの高身長の男子がもう一人いる。

だ、誰だろ。

相手から好意は一切感じられなかった。


「影山さんの彼女ですよね、そそのかしてる」


つっこみどころが多すぎて相手が何を言っているかすぐ理解できなかった。

誰が、誰の彼女だって?

かろうじて相手が北川第一のバレー部の人だとわかった。ジャージに文字が入っていたから。

でも、だから、なんなんだ。


「あの、何の話を……」

「影山さん、青葉城西に行かないって。同じ高校行かせようとしてるんですよね」

「ま待ってください」


相手は苛立っているのか声が大きい。
この場所は体育館利用者くらいしか人はいないけれど、注目を集めるには十分だ。
あっちの大学生の集団も何事かとこちらに視線を向けている。


「影山さんを落ちた強豪なんかに引き入れようとするなんて頭おかしいですよ」

「いや、あの、落ち着いて」


この人は、誤解している。

まずはきちんと話がしたかった。



「何やってんだ」

「影山君! よかった、知り合いの人みたいで……」


ほっと胸をなでおろしたのも束の間だった。

影山君が何かに気づいたようで眉間にしわを寄せ、つっかかってきた男子の胸ぐらを突然つかんだ。



「ち、ちょっと、影山くん!」

「何しにきた」

「影山さんこそなんで青城行かないんですか」

「関係ねーだろ」

「影山くん!」


間に割って入って、ようやくこの男子と影山君が離れた。
さすがにケンカはまずい。


「お前、誰だ」


影山君の一言に、ずっと静観していたもう一人の男子が噴出した。
何がおかしいんだろう。


「何やってんだ、飛雄、

「せ、先生!」


どうやらさっきの大学生の人たちが責任者を探したらしく、先生が飛んできたようだ。
先生はこの男子二人のことも知っているらしく、二人をなだめにかかったが、彼らの方は特段動じなかった。


「影山さんの事、相談してきたの先生じゃないですか」


その言葉にまた影山君の眉がぴくりと上がった。


「相談はしたけど騒ぎにしろなんて言った覚えはないよ」


チッと舌打ちをして影山君は折角来たのに行ってしまった。

訳がわからない。

先生とのやりとりを聞くに、この二人は影山君の後輩らしい。
あの公式試合の時の『北一!北一!』と応援していたうちの誰かということだ。
先生と話している間もその一人がずっと私をにらんできていた。一体何なんだ。


「影山さんはもっと上にいるべき人間です。バレーから逃げたような人に付き合わせるわけにいかないです」

「おい、は私が頼んだって……」

「わかりましたって。今日はこれで失礼しまーす」


一番にらんできた方は、言いたいことだけ言えて満足したのか、この場を立ち去った。
一緒にいた人は会釈をしてくれたので、まだマシ、かもしれない(正直さっぱり理解が追いつかないが)

残された私は、頭をかいてため息をつく先生のジャージを引っ張った。


「あの、なんだったですか、今の」


先生も一息ついて肩を大きく落とした。




next.