ハニーチ

スロウ・エール 79





家に帰って携帯を確認すると、1通のメール。

『もうCD聞いた?』

日向君からのメール。
たったこれだけ。
それでうれしい。

色々あった勉強会の後だからなおさら染みる。

返信すると、返事来ないかなと気を取られるから、携帯は勉強机に置かないようにした。
けど、結局何度も確認してしまうから意味がなくて、最終的にすぐ手に取れるところに置いた。
少しだけのやりとりでもうれしい。

浮き足だった想いも、先生から受け取ったDVDが視界に入ると心の奥に沈んでいく。

影山君の試合が入ったDVD。

テストが終わったら見よう。

そう思ってたけど、結局見始めてしまった。さすがに試合時間は長いから最後までは見ない。

影山君にあって、私にあるもの。
そんなもの、本当にあるんだろうか。

だいたい、わかったところでどうするんだろう。
影山君に『こうした方がいいよ』ってアドバイスする?
まさか、ありえない。

ただ、烏野高校は偏差値は高くないにせよ、バレー部はこの辺じゃ上位に位置すると思っていたから、それも含めて今日の出来事は衝撃的だった。

って、早くテスト勉強しないと!!

時計の針はいつも通りに進んでいくのに、ちっともテスト範囲の勉強は進んでいない。

焦ったところで勉強する速度がいつも以上にあがるはずもなく、今回のテストは自分では予想していたものの、かなりよろしくない結果に終わった。










、後でちょっと」

「は、はい……」


テストが全部返却された当日、またかと思いながら先生からの呼び出しをしぶしぶ了承した。
週が変わったから掃除当番もないし、これから部活!と思っていた矢先に、気が重い。


「どうしたの?」

「あっ、いや、ううん。日向君、これからバレー部?」

「そう! 今日は女バレに混ぜてもらえるんだっ」

「そっか、よかったね」


私も家庭科部に行かないと。
いよいよ最後の文化祭が始まる。


「あ、あのさ!」


必要な荷物をまとめていると、日向君がまだ机の前にいたから少しだけ驚いて顔を上げた。


「今日、一緒に帰ろうっ」


思っていたよりも日向君の声は大きくて、教室の中は人がはけていたとは言え、掃除当番の人たちの注目を集めるには十分だった。
こ、答えづらいけど、答えない訳にはいかない。


「う、うん、えーっと、タイミングが合えば」

「わ、わかった!」



日向君が教室の扉に向かうと同じクラスの男子に小突かれて何か話していて(しかも見るからに今のやりとりのことを話しているようで)、私は逃げるように反対側の扉から職員室に向かった。

日向君、からかわれてるのかな。
別にただ一緒に帰るだけなのに。

もやもやした気持ちのまま呼び出された先生のところに行くと、想像以上に今回のテスト結果を心配された。
期待されていた分、こうなるのはわかっていた。成績が下がれば必然的に先生達からマークされる。

挙げ句の果てに、これだ。


「原因は日向か?」

「え、な、な、なにがですか」


まさか先生に日向君への気持ちがばれたのかと焦った。


「夏休み前から日向とよく一緒にいるだろ。友達に合わせちゃダメだ、はもっと上が狙えるんだから自分のレベルを維持しないと」

「ど、ゆ、意味ですか」

「志望校だよ。レベル落としたんだろ、烏野に。だから夏休み前より成績下がったんだろ」


この間の影山君の後輩くんが脳裏に浮かんだ。


「白鳥沢だってがんばれば手が届くのに「ダメですか、烏野」


先生がびっくりしたのが目に見えてわかった。
でも繰り返した。烏野高校じゃダメなのか。


「ダメって言ってるわけじゃないけど……もったいないだろ?烏野じゃあ。なら白鳥沢だって狙えるんだし、白鳥沢まで行かなくてもそれなりの高校行ける力があるんだ。周りに合わせて受験したらも将来後悔するぞ」


後悔、するのかな。

言葉にできず囁きにすらできなかった。



「ん?」

「いえっ。ただ、日向君とか、友達に合わせたわけじゃないです。今回、……祖父のことでばたばたして」



成績の下がった理由を先生に納得してもらうため、別段今回のテストに影響はなかったものの、祖父のことを引き合いに出してその場を収めた。
先生はその話の流れに納得したらしく、何かあれば相談しなさいともう一度付け足した。

大人はこんな風にいつだって論理的な説得材料を必要としている。

は祖父が体調を崩したことにより集中力を欠いてテストの成績が下がりました。だから、次はこれまで通りがんばります。

職員室を後にして、いっそうもやもやした気持ちのまま部活動に向かった。

ダメなの、烏野。
別にいいじゃん。
後悔しないよ。


「やば、こっち体育館っ」


一心不乱に歩いていたら、これまでの行動パターンで体育館に着いてしまった。
この際、日向君たちのことちょっと見てこう。


扉からこれまで通りのぞいてみると、たしかに体育館の端っこに日向君と1年生3人がいた。
バレーを、している。


「なにしてんの?」

「!」


友達だった。同じクラスの。

何をしていたかばれないようにしなくちゃ。
くるりと方向転換して彼女の腕をやんわり引いた。


「えーーっと……陸上部だっけ」

「なにが?」

「陸上部、だよね?」

「うん。もう引退してるけど、大会終わったし」

「そうなんだ、文化祭は何を「あ、そういうこと!」


友達が私が見ていた先を確認すると、笑って体育館の中を指さした。


「日向でしょ?」

「え」

「こないだ校門で日向のこと待ってたし、よく一緒にいるし」

「え、と」

「好きなんでしょ?」


面と向かって誰かに聞かれたことはなかったから、言葉に詰まった。

好きなんでしょ?

その問いかけの答えは重々わかっていた。

でも、何も言えない。
ただただ、ばれちゃダメだという一心で首を横に振って、この場を離れようとした。


「ほら、もう部活行かないと」

「えー教えてよ。好きじゃないの?」

「す、好きだよ」

「ほらー!」

「いやっ、だ、だから、友達としてっ。好きでしょ、日向君のこと」

「まあ、もちろん、いいやつだし」

「ほら、それと一緒だよ」


ぜんぜん違う。

友達じゃない。


「えーじゃあさん、誰か好きな人いないのー?」

「いっ……、……いないよ、そんな人」

「えーなんで? アタシ、絶対言わないよ?」

「むしろいるの?好きな人」


友達からの追求をなんとかごまかして、家庭科室にたどり着いた。

好きな人、好きな人かあ。

なんだか心臓がばくばくしてる。すごく、うそをついたからだ。
ごまかせばごまかすほど気まずくて、かといって本当のことを言うのも日向君に迷惑をかけそうで、結局、好きな人はいないことにしてしまった。
テストのことで先生にごちゃごちゃ言われていたせいもある。

なんだかどっと疲れが出てきた気がした。


「あ、先輩!」


何にも知らない後輩が、文化祭で使うらしい衣装を手に持ってやってきた。
すごいドレスだ。


「見て下さい、これ」

「うん、すごくよくできてるねー」

「ありがとうございますっ」

「夏休み中も頑張ってたもんね」

「はいっ。後で試着お願いします」

「試着?」


同じ学年同士で着ればいいのに、そんなことを思いつつドレスを受け取ると、少しだけデザインと色の違う衣装を着た友人が奥の部屋から出てきた。
どうやら友人も試着に協力したみたい。


「なっちゃん、すごいね! なんか舞台に出る人みたい」

「なにいってんの?」

「なにが?」

「出るんだよ、舞台」

「誰が?」

「うちら」

「うち、ら!?」


もう一度手元のドレスを見て友人の顔を確認すると、どうやら冗談じゃないことは理解できた。

テストが終わっても、いや終わったからこそなのか、色んなことがひっきりなしにやってくる。
ドレスを落とさないようにしっかりと持ち直した。




next.