ハニーチ

スロウ・エール 82





帰り道、意味もなく日向君とつないだ手のひらを開いてみて、また閉じる。
明日にならないと日向君に会えないんだと一抹の寂しさを覚えつつ、明日になれば会えるんだしと浮かれる。

すきって言ってもらえた。

すきってちゃんと伝わってる。

バスに揺られながら、この車内で今一番ご機嫌なのは自分だと思う。

テストの結果も影山君の試合のDVDも気分をどこか重くするには十分だけど、今なら怖い物なしだった。












「おはよう、さん!」


翌朝、元気よく挨拶してくれる日向君がとてもまぶしい。

同時にわき起こる罪悪感。


「どうかした?」

「えっ、……な、なんで?」

「いや、なんかあるのかなーって」

「な、なんでもないよ。それより、けっこう早く来てたの?」

「うん、朝練したかったから! さんは自習室?」

「う、ううんっ。ち、ちょっと、朝起きれなくて今来たところ」


カバンを机の上に置いて、起きれなかった理由を聞かれそうで話題をそらす。
今日は文化祭の出し物を決めるんだったね。何がいいかな。そんな話にすり替えた。

悩み事ってなんで次から次へと出てくるんだろう。
解決したと思ったら待ち構えていたように次のが出てくる。

これも全部先生のせいだ。学校の先生じゃなくて、バレーの先生。

いや、先生も悪いわけじゃないのかな。だって、原因は、影山君なんだから。










「じゃあ、意見がある人は手を上げてくださーい」


今日は予定されていたように文化祭でやる出し物を決める。

文化祭委員の二人が黒板前に立って議事を進めていくのをぼんやり眺めた。

3年生だと食べ物の屋台もやれるようになる。
1、2年生の時よりも自由がある分、黒板に並ぶチョークの文字はバラエティに富んでいた。


さんはどれにすんのっ?」


となりの日向君がワクワクとした様子で話しかけてきた。

真面目な学級会の時はだんまりの教室も、文化祭の出し物になると意見が活発に出されている。
定番の喫茶店、焼きそば屋、クレープ屋、体力測定(何やるんだろ)、謎解きバトル、クイズ大会、演劇など視線でなぞる。


「おばけ屋敷とかおもしろそうかも」

「え!」


日向君が肩をびくっと揺らす。


「家庭科部で食べ物系はもうやってるし、演劇もね」


残念ながら演劇部とのコラボは協力しないといけないし、クイズ大会とか謎解きなんて自分に何ができるかわからない。


「おばけ屋敷だったら作るのちょっと楽しそうだし。ねっ?」

「え、あ!う!」

「ん?」


日向君の様子がおかしい。
同意しようにもできない、といった表情だ。


「もしかして、日向君……おばけ、怖いの?」

「べっべべべ別に怖くない!怖くないよっ!」


「へー、日向っておばけ怖いんだ」


友人が椅子に体重をかけてゆらゆらこちらの机に近づきつつ日向君を見る。


「こっ怖くないって!」

「翔ちゃん、小学校の時から苦手だもんね」

「違うって!」

「じゃあ翔陽はお化け屋敷に1票だなー」

「えぇ!?!」


泉君に関向くんも会話に参加して日向君を追いつめる。
つい笑ってしまう。
そうなんだ、日向くんおばけ苦手なんだ。


さん! おれ、怖くないから!」

「うん」

「怖くないって」

「うん、わかってる」


口元に手を添えて笑いを噛みしめる。

ちらっともう一度隣の様子を伺うと、不服そうな様子で肘をついた日向君とばっちり目が合ってしまったからすぐ黒板に視線を移した。

さて、どれにしよう。

出された意見がいっぱいあるから一人3票あって更に迷ってしまった。

その内に文化祭委員の人の声かけで挙手が始まり、適当に手を上げる。日向君もおばけ屋敷に手を上げた。
最終候補までおばけ屋敷は残ったけど、結局は別の出し物に決まった。


「日向君、残念だったね、おばけ屋敷」

「う、うんっ」

「でもさ、縁日も楽しそう」

「うん! そうだねっ」


2回目の同意の方がずっと心がこもっている。
また小さく笑ってしまいそうになると日向君に気づかれそうで、決定の花丸がつけられた『縁日』の白い文字を見つめた。








「今日はママさんバレーに混ぜてもらうからっ」


放課後、掃除のために机を下げているときに日向君に言われた。

わざわざ教えてくれなくても大丈夫なのに。
そう思いつつ、教えてくれたおかげで体育館を覗きに行かなくてすむのは助かる。

クラスの人たちも反応する回数が減ってきた気がして、それはそれではずかしい(慣れてきたってことし)


「翔ちゃーん、まだー?」


違うクラスの女子が教室の入り口から声をかける。
アキちゃんとは別の子だ。
日向君が『今行く』と返事をする。

机にかけていたカバンを日向君が手にして、もう行ってしまう背中に普段通りを心がけて声をかけた。


「な、なんかあるの?」

「んっ?」

「あの、今呼んでた人」


こんなこと聞くのよくないかな。
声、イラッとしてたかも。やめとけばよかったかな。

ざわざわと乱れる胸の内をばれないようにしていることに気づく様子もなく、日向君は言った。


「なんか途中まで乗せて欲しいって頼まれて」

「途中?」

「自転車っ。たまに言われんだよね」

「そ、なんだ」


少しだけ話をして、そのまま『じゃあね』と分かれる。

二人だけで帰るのかも聞きたかったけど、そこまで聞くのはよくないかなとブレーキをかけた。
このやりとりは当然前の席にいた泉くんも聞いていたわけで、同じ小学校の女の子だということを教えてもらった。

昨日の夜から気にかかっていたことがよぎる。


「別に、男子とか女子とか関係ないよね」


話しかけられた方の泉君が合点のいかない様子なのもわかっていたのに続けていた。


「友達なんだし」

「え? なにが?」

「日向君って誰とでも仲いいなって思って」

「うん、まあ……翔ちゃんはそういうところあるけど」

「そうだよねっ」


一人納得する。
男子と女子の二人で何かすることは、別におかしなことじゃない。



さん、なんかあるの?」

「なにが?」

「いやっ、なんとなく。何がって訳じゃないんだけど」


泉君が申し訳なさそうに頭をかいてうつむいた。
さすがに思わせぶりだったなと反省して、訳を話した。

なんてことない話なんだ、友達から映画を誘われたから一緒に行くってそれだけの話。



「他校?」

「うん。券もらったから見に行こうって」


泉君には話さなかったけど、その映画のチケットをくれたのはバレーの先生だともメールには書いてあった。
あの影山飛雄くんから昨日そんなメールが届いたから何事かと思って一晩悩んでしまった。
もちろん日向君とのこともある。

でも、さっきのやりとりを見て吹っ切れた。


「男子と二人ってどうかなって思ってたんだけど、そういうのよくないよね。友達なんだし」


あれだけ自分でも日向君とのことを言われるのを気にしてたくせに区別するのはよくない。
もし他の女友達に誘われたらきっと行くんだろうし。


「いや、でも……」


泉君が言いよどむ。


「なんかおかしい?」

「おかしい訳じゃないけど」


首をかしげる泉君。

よく考えると今こうして話しているのだって男子と女子なんだし、変なことじゃない。


「その、誘ってきたやつって……」


ドキッとしたのは、やっぱり罪悪感はあるからだ。

タイミングよく後輩が呼びに来てくれて、泉くんに映画の相手が影山君だとごまかさずに済んだ。




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