ハニーチ

スロウ・エール 84




おじいちゃんに聞いたらわかるのかな、“小さな巨人”のこと。

名が体を成すというようにバレーボール選手として身長が高くないことはわかる。
どんな人だったのか。
単純な好奇心だ。

この人がいたから、日向君はバレーボールに出会った。


ほんの少し胸に引っかかりがあったけれど、家に入って日向君からメールが来ているのがわかると、それどころじゃなくなった。

何度かメールのラリーが続くうちに、『今、いい!?』と目的語もなく日向君からきて、こちらも何がいいかわからないまま『いいよ!』と返して、そのまま日向君から着信があった。

なんてことのない話をした。
絶対、今話さなくてもいいことだった。
でも、お互い今話したいと思っていた。

何が面白いかわからないけど、私はずっと楽しくて、きっとそれは日向君も同じだった。

ずっと電話できたらいいのに。

そう思うけど、時計の針は着実に進み、もう寝ないといけない時刻にあっという間になった。

寝ないと。言わなくちゃ。


「あのさ」

『あっおれ、しゃべりすぎ!?』


そうじゃ、なくて。

否定より先にちゃんと伝えたかった。


「全然。話聞くの好きだし。あ、日向君の話聞くの、好きだし」

『そ、そっか!』


日向君が少しだけ安心したようだった。

寝ようって言わなくちゃ、ほら。


『おれも』


電話越しで日向君の呼吸が聞こえる。


『おれも、さんの話聞くのすき』


また、寝ようの言葉がのど元で止まる。

日向君が繰り返した。



『すきだよ』



2回目の好きは、なんだか自分に好きだと言われたみたいで、なんだか照れてしまった。
いや、話を聞くのがすきってわかってるけど!
慣れなくて、好き同士なんだし、かんちがいじゃないけど、かんちがいしそうで、えっと、頭の中が混乱してくる。

日向君が小さくあくびをした気がして、やっと寝ようと切り出せた。

そっからがまた長かった。
どっちも電話が切れない。切りたくない。

日向君から切ってとお願いして、おれ切れないって返ってきて、私も電話切りたくないって返して、そんな無意味なやり取りでまた少し時間を費やした。

とはいえ、本当に寝ないと明日に支障が出てしまう。
日向君がようやく言った。



『おやすみ、さん』


同じくおやすみの挨拶をして、電話が切れるのを待つ。

なんとなく通話ボタンを押せずにいると、耳に当てたままの携帯はまだ日向くんと繋がっていた。
携帯画面の経過時間は1秒ごとに増えていく。


「……日向くん?」

『なに?』


なにって、まだ電話繋がってる。切れてない。おやすみしたのに。


『だっだってさ、もったいなくて。せっかくさんと繋がってるのに』


同じように感じてくれているのが嬉しくて、でも目覚まし時計を見ればまた少しずつ長針が進んでいる。


「でも寝なきゃだよ」

『そう、だよ、なあ』

「じゃ、日向くん切って」

『え!』

「私、その、切りづらいし」

『ずるい! おれも、その、切りたくない』

「そしたらいつまでも寝れないよ」

『うん。寝れない』


日向くんが笑いを含んでそう言った。


「ダメじゃん」


そう言う私も笑っている。

また数分経っているのがわかって、仕方がないから二人同時に通話ボタンを押すことにした。
どちらか一方に委ねるからダメなんだ。


『いい?』

「うん、ばっちり」

『よしっ。せー、の!』


今度こそ、ちゃんと通話ボタンを押せた。

画面に残った通話記録がかなりの長さで面食らいつつも、電話の余韻に浸る。
夢でも会えたらいいのに。そう思いつつ充足感でぐっすり眠った。夢を見る間もなかった。
















翌朝はいつもよりすんなり起きられたのは、やっぱり深く眠れたからなんだろうか。


さん、おはよう!」


日向君も同じくいつもの早めの時間に学校に来ていた。


「日向君、朝早いね」

さんも! 講習ないよね?」

「うん、ないよ、文化祭始まるまでは」


日向君にバレーの朝練に誘われるのかなと思った。

でも、違った。
単純になんでこの時間に学校に来ているか質問されただけだった。

少し残念だったんだろうか。自分で自分の気持ちがわからない。

日向君はバレー部じゃなくて、こないだのテスト結果による追加勉強だそうだ。
先生の待つ職員室に向かっていった。

体育館の鍵じゃないのか。

どこか寂しく感じてしまうのは、日向君がバレーをしている姿を最近見ていないからかもしれない。

まだ女バレもバスケ部もいない体育館で、ボールと日向君の動きだけがこぼれ聞こえるあの時間、それが私の中の日向くんでもあった。


「やだな」


自分がバレーすればいいのにと前に月島君に言われたことを思い出してしまった。

さっさと忘れて自習室に行こう。













文化祭の準備の時間も増えてきて、教室の中も廊下もそこらかしこ全部がごちゃついている。


、そこのガムテープいいか?」

「ん? あ、これかっ。はいっ」

「サンキュー」


ちょっとだけ横着して教室の床に転がしたガムテープは、無事、関向君の元までたどり着いた。
我ながらよくやれたと思う。床には段ボールや画用紙の切れ端や模造紙が散らばっていた。
たぶん本番前日まではこんな感じになりそうだ。

私達のクラスの出し物は縁日で、各グループごとに準備が進んでいる。


さんこれいる!?」


日向君が持ってきてくれたのはビニール袋に入っているけど綿あめだ。
赤、青、黄色、いろんな色が混ざったのもある。ずいぶんカラフルだ。


「どの味にするか試してんだって。コージーもイズミンも食う?」

「もらうもらう」

「夏目は?」

「さっき持ってかれたハサミ取り返しにいった。翔陽、頭にもついてんぞ」

「え! なにが?」

「綿あめ。これ、もらうなー…ぐえっ!」

「赤いのハバネロだって」

「んなもん綿菓子に混ぜんな、水……!!」


ハバネロ……、甘辛いんだろうか。

おそるおそる黄色いのを口にすると、これはゆず味で、それなりでよかった。
泉君が食べたのはブルーハワイで、甘いだけだそうだ。

ちょうど友人がハサミを三つとビニール袋2つ持って帰ってきた。


「なっちゃんも食べる?」

「綿あめでしょ? 私ももらったよ、1班作りすぎじゃない?」


友人の袋の中には赤の綿あめはなかったけど、黄色だった。
既に試食済なので、あっちでお茶をあおっている関向くんにあげるよう促した。

日向くんは床に座りこんでカラフルなのを食べている。


「それおいしい?」

「これは色だけだって。ふつうの綿あめだからうまいよ」

「赤いの食べた?」

「別のやつもコージーみたくなってたから食べてない。さん試すならあるよ?」

「いらないよっ」


関向君が言っていた通り、日向君の髪に綿あめがついている。
ポケットティッシュあったかな。

別のグループが模造紙を探している。

あ、ティッシュあった。


「日向君、髪にね」


膝立ちした時だった。模造紙の上に膝があることに気づかなかった。

誰かが模造紙ならここにあると言って引っ張った。
バランスがくずれた。


「い……!!」


思い切り片腕で身体を支えたから手のひらがじんとした。
けど、さいわい、日向君に衝突することはなかった。日向くんのすぐ脇に手を突いたから。
顔がとてつもなく近くて、これがいわゆる壁ドンってやつかなと後で思った。


「ご、めんねっ」


日向君は固まったまま動かなかった。
すぐに離れたし、模造紙を引っ張ったクラスメイトも気づいていなかったからたぶん誰も気づいていない、はず。でも、はずかしい。はずかしい。はずかしい。


「なっちゃん、段ボール足りてる?足りてないよね、取りに行こう。行こう!?」


強引に友人を連れ立って教室を後にして使いそびれたティッシュを握りしめたままだったと気付いた。




next.