ハニーチ

スロウ・エール 86





勢いで貼っちゃったけど、絶対に落とさないようにしなきゃ。

さっきの日向君とのプリクラが貼ってある生徒手帳、ちゃんとポケットにあることを確認した。

もう一度ポケットをポンとはたいてから、手に入った段ボールを持ち上げた。
学校から少し離れた場所にあるスーパーだったから、たくさんあってよかった。


「日向くん、そんなに大丈夫?」

「平気へーき! さんの方こそだいじょーぶ?」

「うん、これくらいはいける」


段ボールが足りないといっても、日向君と私が持っている分くらいあれば十分出し物を作れるだろう。
どの班も段ボールを使う訳じゃないし。


「楽しみだなー、文化祭」

「だねー」


最終的に決まった『縁日』の出し物は、班ごとにやることが分担されている。
綿菓子、輪投げ、ヨーヨー釣り、射的、もぐら叩きの5つで、私たちは射的をやる。

なんだかんだ今年はお祭りに縁があるようだ(日向君とも行ったし)


「針金と発泡スチロールは1年がもう用意してくれたって」

「そうなんだ、よかった」


夏休み中に生徒会に提出した男子バレー部の出し物は、バルーンアート。

バレーボールのマスコットキャラクターであるバボちゃんを作る予定だ。
風船で作る訳で、先に膨らませてしまうと、文化祭当日にはしぼんでしまう。
もうちょっと日が近づいてから一気に作る予定だ。

一人じゃないバレー部、

でも、6人じゃないバレー部。


公式試合は、もうおしまい。


あの試合が、またよぎった。




「まぶしっ!」


となりで日向君が、まだ燦々と輝く太陽から顔をそらした。

頷きながら、私も同じように日差しの眩しさに瞼を半分だけ下げた。

肌を焼くこの暑さはまだ夏のようで、どこか一瞬だけ拭く風は季節の変わり目をほんの少しだけ感じさせた。

文化祭までまだ日はあるけど、あっという間に終わりそうな気もする。


「あ、日向くん、青!」


少し先の横断歩道、走ればきっと間に合う。
早く、はやくしないと。

となりの日向くんを見る。


「次の信号でもいい?」

「あ、ごめ」


日向君の方がいっぱい段ボールを持っていたことを忘れてた。
私ってば、なんて気がきかない。


「いや、走れるんだけどさっ」


だったら走った方が、という顔をしてしまっていたらしい。


「もうちょっと、だけ、ふたり」


日向君が小声になって俯いて、なんとなく意図がわかって、気恥ずかしくなって横断歩道の青色に集中した。

ちかちか、ちかちか、繰り返して赤になった。

まだ明るいけど、もう夕方だ。

空も暑さも夏みたいなのに時計は進む。


「青だよっ」


日向君が先に歩き出したのに遅れて、私も一歩を踏み出した。












「翔陽、段ボールちょっともらっていい?」

「いいよ!」


教室はまだ絶賛準備中で、さっきと同じく模造紙やガムテープ、サインペンなどが散らかっていた。
今度は足元に注意して、床にしゃがむ。
誰かがサインペンでうっかり書いてしまったのを見つけてしまった。


「あ、それ、3班がさっきメニュー書いててさ」


泉君に言われてよくよく見てみると、綿菓子の味について書いてあるのがわかった(ハバネロ、生き残ったんだ)


「これ、怒られるかな」

「これだけ落としてれば大丈夫じゃない?」


二人してうっすらと消そうと頑張ったサインペンの跡について話しつつ、それぞれ作業を始めた。

ふと視線をあげると、何か白い紙が落ちているのがわかった。
日向くんと他の男子がその先で話をしている。

あの…、

 大きさ……



、なにやってんの!?」

「な、なんでもない!なんでも!」

「スライディングしてたじゃん。それ、なに?」

「ゴミだって!危ないから!!」

「危ないゴミ?」

「紙だよ! あ、おつりこれね」

「おお、ありがと」



拾った半分のシート、もといプリクラの日向くんの分は後ろ手にひとまず隠した。

日向くん……、さっきズボンのポケットに入れてたもんな。

すぐに返してあげたかったけど、教室で渡せるわけもなく、口頭で伝えるわけにもいかず、もやもやとしたまま準備を進めた。


これ、誰かに拾われたらどうなってたんだろう。


帰る前に渡せてよかったけど、そんな“もしも”を想像して、そわっとした。


家に帰ってから携帯電話にもプリクラを貼った。
二人で写ったシールをベッドで寝転んで眺めていたら、急に日向くんからメールが来てびっくりした。


『 はったよ!!! 』


その一言だけだったし、漢字変換もされてないし、なんだかおかしくて声を上げてしまった。

私もはったよ

返事に絵文字を使うかどうか悩んでる内に、少し眠ってしまって慌てて明日の準備をした。

今日も終わっちゃった。

















「はあーー……」


文化祭準備をがんばった週末、何回目かわからない深呼吸をまたした。
こんな緊張してちゃ影山くんにも失礼だ。
ああ、でもなあ!

待ち合わせした映画館も日向くんと来たときと同じ場所で、なおさら罪悪感がわいてくる。

いや、別に、ただの友達だからいいんだ。お互いにその気がないんだし、日向くんに聞かれたってちゃんと説明できるし。

にしても、影山くん、遅いな。

携帯で時計を見ると、もう時間になっているのに姿がない。
電車かバスか知らないけど、遅れてるのかな。

そう思ってバス乗り場に行ってみたところで、右往左往している影山くんの姿を見つけた。
なにを、しているんだろう。



「影山くん?」

「うおっ!?!」

「そ、そんなに驚かなくても」


影山くんの見ていた物はポスター、それもバレーボール教室。

そういえば、ここのバス停からスポーツセンター行きのが出てたっけ。


「もしかして、行きたいの?」

「なっ!? いや、行っ、べ、べつに」


図星の様子の影山くんを横目にポスターをよくよく見る。
印刷されている日時を見ると、今から行けば間に合って、映画を見たあとだと確実に間に合わない時間だった。


「あれ、映画って交換するやつだよね?」

「交換?」

「先生からもらったやつ、見せて」


影山くんが鞄から取り出した封筒は、先生がよく使う物で、中身は窓口で交換する映画鑑賞券2枚だった。


「これなら時間いつでもいいし、こっち行っても大丈夫だよ」

「おっ俺は行きたいとはっ」

「じゃ、今から映画行く?」

「……っ」


思っていたよりも顔に出るタイプだよなと、眉間に皺を寄せて難しい顔している影山くんを眺めた。
これは怒っているのとは違う。それくらいはさすがにわかってきた。


「お、おまえはどうすんだ」

「私? 一緒に行くよ」


映画を見る予定だったとはいえ、この映画はもう観ているし、日向くんと来たときと違って今日は動きやすい服装だ。
ポスターには元日本代表のバレーボール選手が直接指導してくれるとも書いてある。
参加費無料、誰でも参加歓迎!とまでデカデカと主張されていれば、躊躇する理由はない。


「私だってバレーに興味あるから」


ちょうどバスもやってきた。
バレーボール教室の会場であるスポーツセンター行き。


「バス来たよ」

「……おう。じ、じゃあ、行くか」


あ、ちょっと笑っちゃいそうになった。


「なっ、なんだよ」

「いや、別に」

「なんだ」

「なんでもないって。ほら、バス出ちゃうよ?」

「あっおい!」


バレーボール教室に行けるってわかって、影山くんの厳しい表情がどこか緩んだのがわかったから。
目もどこか活き活きしてたし、そりゃ吹き出しそうにもなる。


可愛いところもあるんだなと初めて思いつつ、バス乗り場を目指した。




next.