ハニーチ

スロウ・エール 95




「翔ちゃーん!」


さっき分けてもらったたこやきも食べ終えてこのまま無事に当番を終えられると思っていたところ、男子の声が割って入ってきた。
なんでもビラ係に日向くんを連れて行きたいらしい。

行く・行かないの押し問答の中で、『さんとおれしかいないから』と名前を出されるといたたまれない。
日向君の肩をそっとたたく。


「あの、行ってきていいよ?」


一瞬、日向くんの表情が固まったのは気のせいだろうか。

許可出たしいいよな、とすばやく男子たちが日向君を連れて行く。

ちょうどお客さんを見送ったタイミングだったし。
中庭でおみこしのパレードも始まって、しばらくは校舎内は空くだろうし。
もうすぐ15分くらいしたら次の当番の泉君も戻ってくるし。

この当番が終われば、一緒に文化祭だって回れる。

その楽しみが心を弾ませたところで、他のクラスの友達がやってきた。


ちゃん遊びに来たよー」

「おー、ありがとー」


チケットを受け取り、射的の道具をまとめて渡して、的に当てる様子を見守った。
結局、ものの見事に参加賞をゲットした友達がくやしそうにしてから言った。


「あ、そういえば、コンテストの写真見たよ」

「コンテスト? あ、出店の?」


クラスの出し物は学年ごとに投票制になっている。もちろん部活動も対象で、その話題かと思っていた。


「ちがうよ、ミス雪中!」

「みす……?」


宣伝係の人がやたら大きな声で叫んでいた『ミスター&ミス雪が丘』という単語が耳に蘇る。


「広場に写真貼ってあったよ」
「うん、ちゃんいい瞬間取られてたね」

「ま待って。そんなの出した覚えない」

「え? でも参加者のところに写真が……」

「な、なんで? 誰が?何の目的で!?」

「ち、ちょっと、ちゃん落ちついて」


つい友達の腕をつかんでしまった。
よくわかんないけど、13時までの投票をやっているのは事前応募している人たちで、お客さんの入る当日の立候補者で特別賞とやらが決まるらしい。
その枠は自薦・他薦問わず13時までに参加登録ができるとパンフレットに書いてあった(投票は15時まで)。


「ほら、参加したい人は広場のボードに写真を貼るって書いてある……、え、ちゃんなにこれ」

「店番、お願いできない!?」

「え!?」
「う、うちらよそのクラスだよ?」

「そ、だけど緊急事態! ねえ、お願い!」


もう13時になろうとしている。その前に写真を外さないと。誰がそんなことをしたのか、いや、経緯は知らないけど自分の写真が不特定多数に見られるボードに貼られているなんて考えただけではずかしい。


「いくらなんでも店番は。班の人は?今の時間ひとり?」

「ひ、なたくんとやってたけど、今チラシ配りに行ってて」


今すぐにでも広場に行きたい。写真をはがしたい。
そう思ったところで教室に泉君がやってきてくれた。


「泉くーーん!」

「へ、なに?」


つい両手をつかむと事情の分からない泉君がびっくりしていた。そりゃそうだ。


「ごめん、5分くらい早いけど店番代わって。すぐ戻るから」

「い、いいけど「ありがと!!」


廊下を出たところ、ちょうどうちのクラスに入ろうとしたお客さんを驚かせてしまった。
ごめんなさいと手を合わせて、廊下を走った。
今日は廊下を走るなという規則も都合よく忘れる。文化祭だし、いっぱい人来てるし。学校中、お祭り騒ぎだ。
昨日聞いたパレードの音楽が聞こえてくる。


「す、すみません、ごめんなさい。通してください……!」


見慣れた校舎も文化祭のチラシや飾りつけで装いを変え、人、人、人があふれる広場へとつっこんでいく。
タイミングが最悪だ。
校舎に人がいない、ということは、どこかに人がいる。つまり、パレードや軽音やバンドの出し物を見る時に必ず通るこの広場に集まっている。

あのテントが生徒会や文化祭実行委員がいる。となりを見ればコンテスト名がでかでかと描かれたボードが見えた。

コンテスト出ようよと騒いでるお子さん連れや違うクラスの人の声をも聞こえた。

いいな、出たいと思える人は。


「す、すみません……!!」


他人事より自分の方だ。やっとの思いで人混みを抜け出して、真ん前にボードが張り出されている。
右の方は事前参加者の写真でしっかりと撮影されたものだった。それぞれ投票用の数字が貼られている。

そのとなりが当日参加者の一覧だ。
今日撮ったばかりだろうか、ポロライドカメラの写真もたくさん貼ってあって思いのほか大盛況だった(よくこんなのに参加できるなと感心する)

そのおかげか、自分の写真が全く見つからない。


「ほんとにある……?」


同じクラスでアルバム委員の翼君の写真なら何枚か貼られていた。顔がいい人は貼られてたって気にならないだろうなと少しだけ羨ましく思いながらひたすら自分を探した。

もしかして、誰かと間違えられたとか?
私の写真なんか本当にあるの?

脇にいた実行委員Tシャツを着ている男子がいよいよボードに近づいてきた。


「あの、もし参加したいならここで写真、「いいです!!」


写真がないからって貼られたんじゃたまったもんじゃない。


「そっそれより、写真、写真はここだけですか?」


他に貼る場所がないか確認すると、確かにないそうだ。


「もう時間なので、参加するなら今ですけど」

「しません!」


再確認されてから委員の人がボードを取り外す作業を開始する。

その一方でまた違うクラスのお神輿がやってきたのがわかった。人の移動もあって押しつぶされそうだ。
ふと時計を見る。まずい、戻んないと。
意を決してまた人混みにダイブした。







「泉くんありがとーーー!」

「なんか用事終わった?」

「う、うん。あ、ねえ、写真なかったよ?」



教室に戻ると、店番を一人続けてくれた泉君と他のクラスの友達二人が射的ブースにいてくれた。


「おかしいなあ、ちゃんの写真だったのに」
「誰かはがしたとか?」

「知らない間に貼られて、さらにはがされたってこと?」


立候補していて、邪魔したくてはがすならわかるけど、そもそも立候補してないし、貼ってあったかもわからない。


「ちゃんと見たよー」

「ほんとー?」

「ほんとだって」


そんなやり取りを繰り返してから、いつまでも二人を引き留めるのも悪いので文化祭を楽しむように促した。
泉くんも事情を二人から聞いていたらしく、どんまいの一言をくれた。
声色が優しくてどっと疲れが出てくる。


「あれ、日向君は?」

「翔ちゃんってもう交代じゃない?」

「あ、でも」


そっか、ビラ配りのまま当番交代の時間だから教室に戻らなかったとか?

それもなくはない。

ただ、ちょっとだけ私がいるから戻ってきてくれるかな、なんて期待してしまった。
つ、つけあがっている。


「どしたの!? 顔はたいて」

「あ、き、気合いを入れ直そうかと」

「気合い? ああ、もう家庭科部だっけ」

「そうだった!!」


忙しい。後輩たちと入れ替わりの家庭科部の当番が今度は始まる。というか、始まっていた。


「い、泉くん。ごめん、抜けます」

「うん、なんか、がんばって」

「がんばる!」


ちょうど関向君も来たから、バトンタッチだ。

校内放送が流れる。ミスター&ミス雪が丘の結果がこの後発表されます。当日枠の投票はまだこれからです。
他薦の人はどうなるんだろうと少し同情しながら、今日という日を楽しむ人たちをかき分けて家庭科室に入った。



next.