「あれ、まだ日向くんいないんだ」
家庭科部恒例のカフェのスペースにも、奥の作業スペースにも、日向君の姿はなかった。
助っ人で来てくれているバレー部1年生3人はエプロンを身に着けてせっせと手伝ってくれている。
友人が私の分のエプロンを手渡してくれた。
「ありがと」
「日向って、と一緒の当番でしょ?」
「そうだけど、チラシ配りに引っ張られてって」
「またアイツら、日向頼りかー」
また、というのは昨日もそういう場面があったからだ。
しかも今日は同じ学校の人だけじゃなく一般の人たちがたくさん来ている。
チラシ配りは、初対面でも声をかける積極性と断られてもへこたれない精神がいるので、苦手な人もいるのは仕方なかった。
「そのうち来てくれるよ」
約束、したんだし。
時計を見れば、もうすぐ演劇部の舞台も始まる。
後輩たちがうまくやれていることを願いつつ、次の注文を取りに行った。
*
「結局、来なかったね、日向」
「ま、まあ、チラシ配り盛り上がったのかも」
「手伝いのこと忘れたんじゃない?」
その可能性もないとは言い切れないけど、家庭科部の当番が終わったタイミングで一緒に文化祭を回れると思っていたから、まさか忘れるなんてとも思う。
無事に舞台を終えた後輩たちと入れ替わって、客足が落ちついた家庭科部を出た。
チラと振り返ると、意気揚々とした後輩たちの姿があって、本当にもう代替わりなんだという気がした。
「このあと、どうすんの?」
「なっちゃんは?」
「私、泉と入れ替わりだから」
「あ、そっか」
「、自由でしょ? ついでに日向見つけて文句言っといてよ」
「あ、だったら一緒に教室行くよ。日向くんいるかも」
そうだ、家庭科部の手伝いの代わりにクラスの出し物を手伝ってるのかも。
そうに違いない。
時間もすぐだったので早足で向かうと、出し物が終わったせいか、縁日含めてこの階のお客さんが増えていた。
「なっちゃん、人すごくない?」
「むしろハバネロ綿あめ持ってる人多くない?」
教室の外に張り出してある綿菓子の表には、ふつうとハバネロ味以外は売り切れの札がつけられていた。
射的もちょっとした列が出来ている。
関向君と泉君がこっちに気づいた。
「千奈津、いいとこ来た。鉄砲直してくれ」
「え、これよくわかんない、私」
「なっちゃんやるよ」
「さん、翔ちゃんと会わなかった?」
「え!」
泉君の話を聞くに、チラシ配りからついさっき帰ってきて、家庭科室に向かったらしい。
「会わなかったよ」
「うちら階段先に上がったからすれ違ったんじゃ」
「じっじゃあ、私、家庭科室行ってくる!」
「割りばし鉄砲、やろっか?」
「大丈夫、もう直したっ」
泉君に修理し終えた割りばしで出来た鉄砲を渡すと、またすぐ廊下へ飛び出した。
あと2時間くらいで文化祭が終わっちゃう。
日向くん、家庭科室にそのままいてくれるといいんだけど。
「え、もう行っちゃったの?」
「はい、さっき先輩いるかって聞かれたから『いません』って言ってちょっと話したらもういなくて」
「ど、どこ行ったって言った?」
「占いの話で夏目先輩と盛り上がってたからそっち行ってるかもって言っちゃいました」
「あーー…」
「ご、ごめんなさい! 適当なこと言っちゃって」
「ぜっ全然。ありがとね!」
確かに占いコーナーをやってる部活があって、しかもけっこう当たると聞いてやってみたいとは思っていた。
むしろこの移動スピードだ。占いにいないとわかれば他の人を探しに行っちゃう可能性が高い。
握りすぎて折れてしまったパンフレットを開き直して、占いをやってる教室を確認した。
1階だ。
また階段を下りていく。
今日はやけに校舎を走り回る一日だ。もうすぐコンテストの投票が終わるとまた放送が流れた。
「あ、すみません、友達探してて!」
占いをやっている教室はまさかの行列が出来ていて、中をのぞくだけで一苦労だ。
日向君を見つけられたらついでに相性占いやれたら、なんて軽く考えていたけど、とんでもない。
今日の予約枠は埋まったらしい。
日向君があのカーテンのかかったところにいるのでなければ、ここにもいない。
「はああ……」
「あ、っちー」
顔を上げれば吹奏楽部の子たちがやってきた。
そっか、さっき演奏が終わったからようやくフリータイムだ。
友達に腕を取られながら日向君を見かけていないか聞いたけど、当然というべきか見ていないと言われた。
「なんでひなちゃん探してんの?」
「え、いやっ」
即答できなかったのは、やっぱりまた二人のことで茶化されたくなかったから。
「それよりサッカー部行こうよ」
「サッカー部?」
特に行くつもりもなかった部活名を出されて困惑しながら、道行く人の中に日向君の姿がないか目で追った。
もういっそ迷子の放送でも流してもらった方がいいのかな。
「はい、3人でーす」
「ま待って、私、チケット持ってない」
「一枚あげるよ、遠慮しなくていいよっ」
「ありがたいけど、そういう問題じゃあ…!」
そもそもこれ何の出し物、と思ったところで、スーツみたいな格好の翼君が来た。
これ、あれか。執事喫茶というやつ……、あ!!
「ごめん、二人とも!行かないと!!」
「ひなちゃんいたの?」
「そ!!ごめん!!」
注文も無視して飛び出すとはなかなかの礼儀のなさだと思いつつも仕方ない。
日向君がすごい速さで廊下を駆けて行ったのは見えた。
自分の足で追いつけるかはわからない。
呼びかけてみる?
もうちょっと近づいてから、あ、見えた。
「ひなっ!「あのー」
「え!」
また邪魔が、と思ったら、一般のお客さんのようで無下にもできない。
高校生かな。どっちでもいいや。日向くん行っちゃう。
「今どこですか。パンフ見てもよくわかんなくって」
「ええーっと」
私もこういうの苦手なんだけどな。
在校生だからって何でもわかる訳じゃない。けど、それを言う訳にもいかない。
一緒に一つのパンフレットを覗き込んで、今そばの出し物をチェックする。
「よかったら、あっちのベンチでも座りませんか」
「いやあ……」
二人並んで本格的に地図を見る、なんて面倒すぎる。
だったら生徒会の人とかに聞いてもらった方が、と思った時、人差し指が間に割って入った。
「い、今ここです!」
日向くん、そこ、階、違う。
突っ込むより先に手首をつかまれたから、そっちに気が奪われた。え、待って、あの人置いてっていいの。
「さっきもああやって声かけてたから」
「そ、なんだ」
あれ、だったら、文化祭の実行委員にでも言ったほうがいいんじゃ。それやるとまた時間なくなりそう。てか、どこまで行くの?
そう思ったところで、出し物のやっていない教室前で日向君が手を離してくれてしゃがみこんだ。
「だ、大丈夫?」
「ん、おれはへーき。 ごめん!家庭科部ぜんぜん手伝えなかった」
「ううん、いいよ」
日向君が珍しく息を切らしていた。もしかしてすごく探してくれたのかもしれない。
そうなら、ちょっと、いや、かなりうれしい。
「ごめん、本当に」
「いいって、チラシ配るの大変だったんでしょ?」
「それも、あるけど……」
日向君がそこまで言ってから黙り込む。
そんなに疲れたんだろうか。いや、ずっとビラ配りしてたわけだし、休憩した方がいいか、も。
「行こう!」
今度はスイッチが入ったように日向君が立ち上がる。
人間ってとっさの時に思考が停止する。
「ど、どこに」
「どっか!」
日向くんがさっきと打って変わって笑顔になる。
「やっと回れるじゃん、一緒に」
パンフレットがまたくしゃっと皺が寄ってしまった。
next.