ハニーチ

スロウ・エール 97





「そ、だね。どこから回ろっか!」


私の動揺のせいで折り目がついてしまっていたパンフレットを開き直す。

どこだってよかった。
やっと会えたんだし、一緒に回れるだけでうれしい。

日向君がポケットから何か紙を取り出した。


「これやる? スタンプラリー」


用紙を見るに、文化祭実行委員が主催してるものだった。
スタンプ全部を集めると何かもらえるらしい。また豪華景品って書いてある。
あの人たち、なんでもそう書けばいいと思ってるんじゃないだろうか。

スタンプ用紙は、7個ある内の4つはすでに埋まっていた。


「さっきやりかけのもらったからさ。これ集めながら面白そうなの入ってみるってのどう?」

「いいね!」


ストレートに場所が書いてあるわけじゃなくクイズになっていた。
でも、残り3か所はけっこうわかりやすい。

一つは、生徒会と文化祭実行委員の本部のある広場。
もう一つは、マンガ研究部のところ。
最後は……


「これから行く?」

「えっ」

「これだけよくわかんないしさ」

「いや、これたぶん……」


マップの位置からして、“アレ”だ。

おそらく正解を口にすると、日向君が分かりやすく固まった。

だってこれ、私たちが作ったバルーンアートのそばで、すぐそばのおばけ屋敷のスタンプだ。


「こ、怖いわけじゃないから! い、行こうよ、お化け屋敷!」

「あ、後でいいんじゃない? 漫研の方、先に行ってさ!近いし!」


マンガ研究会の展示もおばけ屋敷もさして距離は変わらなかったけど、せっかく一緒に回れる貴重な時間をおばけに取られたくはない。

それは言わないでおいて、まずはマンガ研究会の展示のある教室に向かった。

日向君が先に階段を上がる後ろについて歩く。


「チラシ配り、そんな大変だった?」


責めているわけじゃなくて、と付け加える。
なかなか戻ってこなかった理由を知りたかっただけだ。

校舎の中で一般のお客さんとすれ違う。


「広場の方で配ってたから。体育館も校庭も行った!」

「がんばったねー」


そうしたらすぐ自分のクラスに戻れないのも無理はない。

ふと日向君のズボンのポケットから何か紙が顔を出した。


「日向くん」

「なに?」

「ポケットから何か落ちそうだよ」


こないだ実際に落としてしまったプリクラ半分ではなさそうだ(さすがにいつまでもポケットに入れておくわけない)


「あ、ありがと!!」


日向君が大慌てでその紙をポケットの奥に沈めた。
文化祭のチケットかと思いつつ、それ以上詮索はしなかった。

上がったフロアーの奥にはでかでかとマンガ研究会のポスターが貼られていた。
何パターンかあるらしい。個性豊かなキャラクターや油絵、近代的なデザインが描かれていた。


「すっっげえ……!」


感動している日向くんと並びつつ、展示を見る前にスタンプを探した。


さん?」

「あ、スタンプないかなって」

「そうだった!」


受付で名前を書き終えた日向くんの次に自分の名前を書く。
『日向翔陽』と元気よく書かれた文字のとなりに、『』と綴った。

私達のやり取りを聞いていた受付の人が、スタンプは出口にあると教えてくれた。

どうやらこのスタンプラリー、展示の客寄せも兼ねた企画のようだ。
少しは考えてんじゃん、文化祭実行委員会。

ミス雪が丘なんて言う企画に振り回された身としては、ほんの少しだけ彼らを見直した。


さん、これアイツ描いたやつだ」

「わあ、すごい迫力」


同じクラスの人が描いたとは思えない。これがマンガの原画だ。マンガコミックと違って、原画はかなり大きい。

他にも知ってるこの作品もあるけど、素人目にも一味違うことが分かった。


「この夏休みにさ、マンガの持ち込みしたって聞いた」

「え」

「これ出したんだって」

「へええ…!」

「すごいよなあ」


日向君の素直な言葉に深く頷く。

ひとつひとつ描かれた作品、それもすごい。
好きなものを表現してるだけですごいのに、更に一歩踏み込んでるんだ。同世代で。

才能、その単語が浮かんで消えない。


「あ、さん、スタンプあったよ!」


日向くんが紙を広げる横で、インクをよくつけたスタンプを押し付けた。
が、綺麗に向きがずれていた。

日向君がしげしげと眺めて笑った。


「曲がってる」

「わ、わかりづらいんだよ、どっちが上か」


「わーー、来てくれたんだー!」


ちょうど廊下を通りかかった部員の子に声をかけられる。
ご自由にどうぞ、と張り紙された机に置かれていた部誌を半ば強引に手渡された(読んでみたかったからいいんだけど)


「よかったらポストカードももらってって」

「可愛いー!」

「日向もよかったら!」

「お、おれはちょっと…!」


日向君が躊躇するのもわからなくない。
残っているのは女の子のキャラクターだけで、端的に言えば少女趣味なものだった。


「アイツのやつなんて午前中に一気に持ってかれてさ」


アイツ、というのはさっきの目立つイラストを描いていた男子のだ。

話を聞くにネットでも自分の絵を公開して、一部の間でファンがいるらしい。


「すごいよねー」

「この絵もすごいよ」

「お世辞はいいよ、こんな最後まで余ってるし」

「そんなことないって」

「ほんと慰めいいから。才能ないのよくわかってるし」


こんなの誰でも描けるし、なんなら後輩のが人気あるから。

そんなことはないと力説したところで互いの主張が真逆な以上噛み合うはずもなく、そんなやり取りを何度か繰り返してから、廊下に出た。

結局、全種類のポストカードをもらった。
全部、かわいいってば。
かわいい、のに。


さん」


日向君に顔を覗き込まれる。


「ここ」


人差し指で眉間を指摘されて、慌てて片手でこすった。

つい、こんな顔になってしまった。日向くんいるのに。
なんでムキになっちゃったんだろ。


「そういうとこも、さ」

「え?」

「いや…… 次、行こ!」

「う、うん!」


日向君が明るく言ってくれるから、単純な私はそれだけで心が軽くなる。

好きって、すごい。









「日向くん、やっぱりさ、「だ、だいじょーぶだって! ぜんぜん、これっぽっちも、怖くないから」


まったくそう見えないけど。

結局、スタンプラリーの流れで行くと、次はおばけ屋敷が順当だった。
行かなくてもいいよと説得したものの、日向君は行く!!!の一点張りで、私もそんなに得意じゃないんだけどなと思いつつ、じわじわ進む列に続いた。


「あれ、日向、こういうの苦手じゃね?」


おばけ屋敷のクラスの男子が列に並ぶ日向君を見つけた。


「にっ苦手じゃないって」

さん知ってる? 小学校の時さ」

「わーーー!!」


日向くんが相手の男子の口を塞ごうとして、結果的に軽い取っ組み合いになっていた。

こういう時、ほんのちょっとだけ疎外感を感じてしまう。
同じ小学校だったらよかったのにな。


「せいぜい楽しめよ~!」

「たく」


日向君が制服のシャツを引っ張って直した。

襟、まだちょっとおかしい。


「曲がってるよ」

「あっ、……りがと」


日向君が少しだけ後ずさったから、さすがに私がシャツ直すのも変かと密かに反省した。


さんも、小学校の時、肝試しやった?」

「うん」

「どんなの?」

「ふつうだよ? ルートが決まってて二人組で行って帰ってくるだけで」


前の組が自分たち以上に怖がりで、途中勧めなくなったその子たちと合流したことを思い返す。
実質4人だとそこまで怖くもない。

ふと、おばけ屋敷の舞台となっている教室からは悲鳴が上がった。

日向くんと顔を見合わせる。


「や、やっぱりやめない?」


もう1組したら私たちの番になる。
文化祭のおばけ屋敷なんてそう怖くもできそうにないとは思うけど、中から聞こえてくる音や叫び声で段々恐怖心が増してくる。


「だっ大丈夫、ぜったい!」


そういう日向くんの肩は震えていた。武者震いとは違うと思う。



next.