「じゃあ、チケットお願いしまーす」
とうとう順番が来てしまった。覚悟するしかない。
二人分のチケットを受付の人を手渡すと、相手からは1本の懐中電灯を渡された。
中は暗いからこの懐中電灯を使うらしい。
他にも諸注意を聞かされる。
走ったりしないでゆっくり歩くように。
おばけや各種仕掛けを壊さないように優しく接すること。
そんな当たり前の話が出るくらいお客さんが怖がることがあるんだとさらに身構えると、受付の人がそこまで心配しなくてもと笑った。
「小学生がすげえびっくりしてさ、ちょっと壊されたから注意してるだけ。あ、日向は気をつけろよ」
「ど、どういう意味だ!」
受付の人のトランシーバーに通信が入って、どうぞ中へと促される。
同学年がおばけをやっていると頭ではわかっていても緊張してしまう。
気合いが入った(空元気だろうか)日向君が先に扉を開けて入ってくれたから、その背中に続いた。
確かに想像よりは暗めだ。というか道が分かりづらい。
「さん、だいじょぶ!?」
「ち、ちょっと暗くて。少し、肩いい?」
「肩?」
「こうしても、いい?」
「!う、うん」
日向君の肩に触れる。こんなところではぐれたくなかった。
触れた日向君の肩は私と同じくらい力が入っていた。
「あ、日向くん、ライト、足元、照らした方が」
固まってしまった日向君に声をかける。
「そ、だった……、わああ!!」
「な、な、なに!」
よく目を凝らすと、床に血文字で す す め と書いてあった。いや、血じゃなくて絵の具なんだろうけど。
はああと胸をなでおろす。正直、今のは文字より日向君の方にびっくりした。
「進め、だって。行こう」
「う、う、うんっ」
やけに冷たい風が吹いてくる。日向君の髪も揺れている。
暗さに慣れてきたのもあって、冷房が強めにかかっているからだとわかった。決して霊気ではない。
その風になびいて部屋につるすモールだろうか、何かがひらひらと揺れていた。
空調の機械と認識できると、なんだいつもの教室か、と少しだけ拍子抜けした。
が、いきなり生首3つが下方向からライトアップされる。
合わせて、どこからともなくお経が流れてくるところが不気味だ。
「ま、前、前行こう…!!」
日向くんには悪いけど先頭はやっぱり無理だ。
肩にしがみついたまま、何か障害物にぶつからないように時折薄目で前方を確認した。
「、さん!」
「な、なに?」
「な、なんか、書いてある!」
今度はなんだろうと日向君の肩越しに様子を窺うと、明らかに何か(誰か)入ってそうな棺桶が机を組み合わせた台の上に置かれていた。
すぐわきの壁には同じ血文字で、あ け ろ と書いてある。
開けたら絶対何か出てくるのが分かり切っている。
だからこそ、開けたくない……!
「さん、こっち行く?」
日向君が懐中電灯を照らした方によく見るとカーテンがある。
一瞬、お化け屋敷のクラスの人の出入り用かと思ったけど、そんなお客さんが分かる位置に作るはずもない。
「い、行く。行こう」
もはや人形でも操ってるのかという勢いで日向君の肩を押していた。
この棺桶、絶対何か出てくる。その前に早く。
「え?」
カーテンを開けたその先に、昨日見かけた馬のかぶりものが立っていた。無表情、怖い。かぶりものなんだから当たり前だけど、目がうつろすぎる。
日向君が動かないから代わりにシャッ、とカーテンを閉めた。
あ け ろの文字が書かれた紙が床に落ちる。
代わりに勝手に棺桶が開く。ぬわああとゾンビなのか何なのかわからない何かが叫んだ。
無理。
引き返した。
「お、おい、こっち入り口!」
受付の人の声なんて聞こえない。知らない。聞こえない。
幸い、次の組は私たちのすぐ後ろにいた人たちだから、他のお客さんを邪魔しなかったのが救いだ。
自分たちのバルーンアートの前まで日向君の背中を押したまま早歩きで来て、やっと気持ちが落ちつけた。
怖かった。とにかくこわかった。
「日向くん、ごっごめん!」
慌てて日向君から手を離す。さっきから一言もしゃべっていない。
「ひ、日向くん…? 大丈夫?」
日向君の前まで回り込んで様子を窺う。顔の前で手を振ると、急に日向君がはっと目を覚ました。
「ごめんね、私のせいで外出ちゃって」
「い、いいよ!ぜんぜん!! む、むしろ、ありがとう!」
お礼を言われるようなことはこれっぽっちもしていないが、大丈夫と何度も言われると罪悪感はある程度うすれた。
もし日向君がおばけ屋敷を楽しんでいたなら、台無しにしてしまったわけだし。
「ぜんぜん!だいじょーぶ! 入ってよかった!!」
「そ、そう……?」
そんなに楽しかった?これが?
「あっ、ええっと。 これ、返してくる!」
本来なら出口で返すであろう懐中電灯をわかるように見せてから日向君がおばけ屋敷の本来の出口へ駆けていった。
よくよく観察すると、このお化け屋敷、3つくらい教室を繋げるようにしてある。
引き返したのは序盤の序盤だ。
「最後までなんて絶対ムリ……」
はーー、と長く息をついて、昨日補強した時よりも少ししぼんだバルーンアートを見つめた。
自分たちが作ったこの風船人形がかわいいとは言わない。ただ、ゾンビより、断然ましだった。
日向君が心なしか元気な様子で戻ってきてくれた。
真っ暗な世界から脱出したのもあって、救世主にでも見えた。
「さん!?」
「な、なんか、足がふらついちゃって」
「ちょっと座る?」
少し歩いた先の空き教室に入り込む。
今日は人がいるところといないところがはっきり分かれてるみたいだ。
昨日、日向くんと入った荷物置き場と違って椅子が数個あるだったけど、二人で座るには十分だ。
「さん大丈夫?」
「うん、まだドキドキしてる」
「おれも……」
日向君の方が先頭だったんだし、怖かっただろうな。
改まって謝罪と礼を口にすると、日向君が大げさなほど首を横に振った。
「でもかなり肩つかんじゃったし、痛くない?」
入り口に戻るまで自分がどんな風に日向君を引っ張っていたかさえ覚えていない。それくらい脱出に必死だった。
「さん、そんな痛くなかったよっ」
「本当に?」
「ほ、ほんと! ぜんぜんだいじょーぶ! 役得、だったから」
「役得……?」
「いやっううん、ここっちの話!」
大丈夫ならいいんだけど、と安堵し、日向くんは本当にけっこう怖いのも行けるんだなと一人感心した。
むしろ自分の方がここまでだめだとは思わなかった。
はあと前かがみで身体を倒すと、日向君が少しだけ椅子を引く音がした。
「そうだ、スタンプ、もらったよ!」
「出口まで行ってないのに?」
「懐中電灯返した時に、すぐ脇にあった!」
「そうなんだーー……」
だったら、最初からおばけ屋敷に入らなくてもよかったかも。
今夜夢見そうだもん、生首。
「そんなのあった?」
「覚えてないの!?」
「あ、あんまり!」
「うそー」
あんな不気味なの3つも並んでたのに、覚えてないなんてうらやましい。
「日向くん、……すごいね」
「い、いや、うん。他のことに気を取られてて」
「あの状況で!?」
ただただ感心していると日向君が何か言いたげで、でもよく聞き取れなくて、最後の「おれも夢に見そう」という呟きだけは耳がキャッチできた。
next.